「蟻と会話をする少女のお話」
ベンジャミン

蟻と会話をする少女といっても
それほど不思議な出来事ではない

むしろ日常の一部に自然と吸い込まれて
その自然ということにしっくりとくるのだった

その少女はサッカー部のマネージャーで
いつも決まった場所でボールひろいをする
そうやって飛んでくるボールを待つあいだ
いつも近づいてくる蟻がいるというのだ

その蟻は他の蟻と違ってその少女に話しかけてくる(らしい)
退屈か?と聞かれて、あなたは退屈なの?と
いいや働いているのだと返事がくると、わたしもと
そうやって毎日のように蟻と会話をしているという(らしい)

その話しかけてくる蟻は同じ蟻なのか?と
僕が大人ぶってきくと、少女は
わたしに話しかけてくるのはその蟻だけだという

手のひらにのせると指のあいだや手の裏表を忙しそうに歩いて
そしてときおり立ち止まっては、いろいろと話をする(らしい)
あまり詳しくは知らないが、ちゃんと名前もあるのだ(らしい)



ある日
その少女が泣きながら教室に入ってきた
ぽろぽろと泣く少女に理由を尋ねてみると
なにやら蟻とケンカをしたということだった
噛まれたといって、人差し指を見せてくれたが
どこが噛まれた場所なのかわからないほどだった

そんなに泣くくらい痛かったのか?と僕が大人ぶってきくと
泣いている理由は他にあるのだと少女は熱心に話してくれた

「噛まれてから、蟻の言葉がわからなくなってしまった」

要約すると、そういう話だった
もうその蟻と話をすることができないので悲しいという
僕は大人ぶって、仲直りすればまた話せるようになるよと慰めた

「噛まれてから、他の蟻と区別がつかなくなってしまった」

要約すると、そういう返事がかえってきた
事の重大さは、僕が思っていた以上のようで
けっきょく少女は、その日一日を泣いて過ごした



蟻と会話をする少女といっても
それほど不思議な出来事ではない

同じ言葉で会話をする僕らが
共通の言葉を失ってしまったなら

そう考えると大人ぶっている僕だって
言葉以上に失ってしまうものの大きさに
本当の意味で気づくことは簡単なことではないからだ


自由詩 「蟻と会話をする少女のお話」 Copyright ベンジャミン 2009-04-28 02:16:33縦
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