歌舞伎町
佐々木妖精

歌舞伎町
変わらないのは開け放たれた門戸だけ
以前何度も往復した場所

歌舞伎町
銘打たれた鳥居をくぐる
この町を守護するかのように
それだけは変わらずここにいる

歌舞伎町
時には人しかなく
時には傘しかない
歩けばそこに飲み屋があり
酔えばそこがトイレになる

歌舞伎町
あらゆる人が飲み
あらゆる人を飲み
限りない欲望を満たしつつも
限りなく飢えと渇きを産む街

歌舞伎町
身をかがめ 歩き
突きあたりへ身を委ね しゃがみ込もうと
静物といえば嘔吐物ぐらいで
立ち止まるということがない

歌舞伎町
かつてこの場所で
たった一軒の居酒屋を目指しもした
限られた席を限られた顔で埋め
限られた酒を飲もうともした
客足と客引きの隙間を突破し
見知らぬ看板に視界を覆われ
飲み込もうと吐き出そうと
飲まれようと流されようと
決して割れない酒があった
薄められない原液があった
それがなんなのか分からなかった
胃液しかなくなろうと
吐き出せずにいた

歌舞伎町
今はただ 扇動を止めないこの場所のように
青臭い腐臭を放つ発酵体が 胸の中で膨張している

歌舞伎町
砕かれたグラスを拾い集める指
喧噪に紛れた息を嗅ぎ分ける耳
へたり込んだ体を担ぎ上げる肩
朝闇を切り裂く鳥居は 今もただ
飲まれたものを静かに吐き出し
誰よりも早く朝を迎え入れ
誰よりも早く人浴びを始める


歌舞伎町
見覚えのある顔と 真新しい店内
グラスの中でとけゆく氷を揺らし
喉の奥へ流し込む
焼けつく喉 薄まる意思
べたつく氷がほどけ
気道で割れるのを感じる


青臭い息を 手で覆うことも忘れ
語り出す


自由詩 歌舞伎町 Copyright 佐々木妖精 2009-04-26 04:09:56縦
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