エネルギー
片野晃司

きのう
飛び去った飛行機のように
蛾が震えていた
取り残された最後の技師が
数値を記録し続けている
薄汚れた窓硝子の向こう
森を走っていく少年あるいは少女の白い素足が
境界を飛び越えながら
血まみれになる
笑いあい殺しあいながら
なつかしい速度で
森を捲り上げていく
木々の
匂いのない死
切り倒され
塗り固められ
母の手紙すら届かない場所で
いちめんの
子供らがいっせいに靴を脱ぐ
きのう
わたしたちは生まれ
青い光を見た
そして
誰も助からない
観測所に残された技師の
かすかな物音
壁の向こうの運河から溢れ出す
黒く苦い水が
わたしたちの足音を浸していく
湿地に乗り上げた艀が
骨格から腐り
醜く崩れていく
わたしたちの
墳墓の土は流れ去り
灰色の石棺が雨曝しになる
水溜りに向かって
傾いていくわたしたちの住宅
水浸しの小さな靴
その子らは助からない
あるいは
わたしたちは
誰ひとり助からない
薄汚れた窓硝子の内側で
銀色の鱗粉が舞い上がる
いま
生まれたばかりの子供が
いっせいに年老いていく
埋め立てられ
塗り固められた
観測所の
最後の技師が
信号弾を打ち上げる
渾身の力で



            詩誌「ガニメデ」2006年12月


自由詩 エネルギー Copyright 片野晃司 2009-04-04 21:51:40
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