ripetere
田代深子


また まだ
ほらまた
同じように
同じこと
同じことば
同じことばかり
またかけたもう
かけた
ほらまたかけたし
にかけのことばで
もう忘れて
忘れている

ぐるぐるのローブに
ふたがれた耳と眼
口ばかり
は思いもかけぬ物語

言っただろう、おれは気にしない。おまえはほの杳いクロゼットの
鬱蒼とした衣裳群の奥底で目ざめ、ただ天気を気にかけ毎日に没頭
して眠る前に浴びるほど飲んでは端から忘れてしまう幼女。何度も
言ったはずだ。おれはすべての支度をもうしぶんなくこなそう。半
熟目玉焼きとブロッコリに岩塩、アイスクリームの融けたところか
ら掬いとる。モスグリーンのフェラガモをつや消し気味に磨き、低
めのヒールに張りついたガムを綺麗に舐めとる。おまえがおれの背
に抱きついて肩ごし左頬へキスしてくれるのを待っている。キスの
あと必ず耳と首筋に歯を立ててくれるのも。おまえを駅へ送ってし
まうとおれの午前と午後はただ片づけるためだけのものになる。家
じゅう掃除機をかけ鉢に水をやり、おまえの絹の下着を専用洗剤で
手洗いする(おまえの衣類のことごとくを選ぶのはおれだ)。疲れ
て帰ってきたおまえをカモマイルの湯に浸し、細かい泡の海綿でく
まなく洗いあげよう。あばらの浮いた胸、脇の深い窪、小さなくる
ぶし、もつれる薄い髪も。おまえをやわらかいローブにくるんで、
きつく冷やしたテーブルワインをついでやり、鰯の小骨をきれいに
とって白アスパラとオレンジの薄皮を剥きおまえの皿に置く。おま
えはそそがれるまましたたか飲んで眠ってしまう。その額にくちづ
け抱きあげてクロゼットの奥底にしまいこみ、ひと巡りが済む。い
いじゃないかそれで。クロゼットの奥底で紡ぎ出す物語に湿るドレ

くりかえす物語
同じところを
同じように
同じきっかけ
饒舌
哄笑
油断
韜晦
嘲罵
こぼしてよごして
べとついた指で
キーを押し
くりかえす
慰撫
の身ぶりにうんざりし
ながら
また ほら
また
もう不用意に
手をのばして
掌にプラスティックの
電話機
これが
これを
フローリングにたたき
つけ
なければまだ
また
くりかえす
たたきつけ
たたきつけ
たたきつけ



                         2004.8.14




自由詩 ripetere Copyright 田代深子 2004-08-22 11:50:18
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