aerial acrobatics 14
mizu K


***

フライパンの穴をのぞくと
スピノザが机にかじりついているのがむこうに見えた
時間を超越する望遠鏡というものがあるのならば
それは存外、身近なところに転がっているのかもしれない
これまでにガスコンロの前に呆然と立ちつくすこと
数限りなく
そのころはいつも不眠症のカラスの声が
すこしだけ遠くのほうの空でうつろにひびいていたように思う
今年もアイリスがかすかに咲いている
窓辺から差す夕日はものみなすべてを琥珀に染めあげて
これなら茶葉もいらぬと笑い声が
いつか響いていたのをかすかに覚えている
もう多くのことをわすれてしまった
ときどき気が向いたら穴のあいたフライパンをのぞく
あくびをするスピノザの姿が見えた


***


時計と擬態する
夜明けだ/外は
すばらしく澄みきっている
打てば/永久に波紋が
拡散していくだろう物事には
おそろしいほど大きいときと
かなしいほどに小さいときが
ある
その間をえんえんと行き来する
振り子のある/
からっぽのうつろ


***


窓がふるえていた、おそらく
斜陽がするどく傾きすぎたのだ
窓のふるえは室内に波及してもろもろを
美しく造形しなおす
ひかるものをよりひからせ
やさしいものをよりやさしく
きれるものをよりきれるように
ただし
床に落下して響いた

それはフォークだったのだが

ふるえで修正されることなく室内を
むしばみ


***


洗濯機の前でぼんやりしていたのはいつからだったか覚
えていなくて、いつのまにか脱水は終わっていて、ふと
気づけばあたりはおそろしいほどにしん、としていて鳥
の声も人の声も風の音も葉擦れの音も聞こえないのに、
冷蔵庫のかすかなぶん…という音とも振動ともつかない
うなりのようなものがその場を静かにみたしていた

洗濯槽というのはいつも黒々としてぽっかりと口を開け
ているようで、ひょいと何かを放り入れたら、すうと消
えていってしまうような気がする、きっと私はぼんやり
した風であったのだろう、ふいに肩口をたたかれてびっ
くりして振り向いてみれば頬にぐさりと指がつきささっ
て、やーい、という声が遠くのほうで聞こえた、そばに
は、誰もいなかった

ダイロンカラーの16番がどういう色かわすれた

ふたを開けてみれば底の方にぐるぐるによれたTシャツ
があって、ふいにまた誰かのまなざしに射すくめられる
感覚が通りすぎて、通りすぎていって、過ぎ去って、た
だゆっくりと取りあげてぱんっ、と広げてみる

いくらか色に濃淡がある、かすれたようになっていると
ころもある、タグだけが染まるのを拒否してましろかっ
た、いろいろなところに食塩が結晶している、それをひ
とつひとつ拾いあげてすかしてみる、おどろくほどきれ
いだった


***


自画像の稜線の先は
水晶であったのであろう
巨大なクレバスをひそませた
もの言わず
今日も素描されていく
稜線を越えていくものたちは




自由詩 aerial acrobatics 14 Copyright mizu K 2009-02-18 00:44:10
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