白いみずおと      
前田ふむふむ



シャボン玉のなかの、人気の無いシャッター通りを
くぐりながら、眠れない半分の顔は暗闇の書架を見上げた。
玩具の戦争が終わったら、地平線のうしろに隠してある
重油の山を売り払って、腹が裂けるまで魚を食べよう。
竹槍は、その時まで発狂から古井戸を覗かないための、
みずで出来た点滴。とても奇抜に出来ている。
復員――忘れ去られようとしているものに鋏をいれる者たちよ。
君の右手についているものは、何だろう。
わたしの右手にも刺さっている。
賑やかに街中をいく女子中学生にも、
随分としゃれた注射針がついている。
入口が閉ざされて、悉く、窓が内側から封印された灯台が、
海鳴りを抱いて。海は動かない。かもめだけが新しい。

頚椎に真夏の花が咲き誇っている。
花のにおいを嗅ぐ度に眩暈をおこす。
マスクは外せない常備品になった。
着飾った人形だったかもしれない。
それは、バベルのような尖塔がもえていた――朽ちた喬木を抱えて、
右往左往した研学に酔った日がなつかしい。
遠い声にみちびかれて、松明が瞼のうしろにみえる。
廃屋になった神社に腰をおろして、
ざらついた木目に手を伸ばせば、父の呼吸する翅の音のために、
母と幾度となく祈った、わたしのつま先が微かにふれる。
あの季節は、一面、街のさくらが、咲き誇っていた。

生命保険の看板が崖のように聳える、
駅のホームのベンチに、いつものように腰をおろす。
口から湧きでる白い息に一日の出来事を仕舞いこむ。
出来事が、わずかに長いのか、はみだしている。
それが、わたしのはきだした胸を、いつまでも刺している。
白い息を数えながら、束ねていると、息の間から、
透明な列車が、ホームに滑り込んでくる。
ひかりとともに、溢れる乗客の雑踏に眼をやれば、だれもいない。
笑っているわたしが、ひかりのなかで、
――ももの接木をしている手の跡が揺れて――
二階の瞼をひらいて、いつものように、
十二段の階段を昇り、
窓辺に薄らぐ夕暮れの大人の肩を叩いてみると、
きみと見た青い波の音がきこえてくる。生きてやる。
灯台の窓から伸びる閃光が、雪のなかをゆく、
一羽の伝書鳩を照らしている。





自由詩 白いみずおと       Copyright 前田ふむふむ 2009-01-28 22:47:45縦
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