グロ
チアーヌ

 施設に来た子供たちが、「鳥を捕るのがすごく上手なお兄ちゃんがいる」と目の前で騒ぐので、俺はなんとなくそっちの方を見た。
 すると、見覚えのある男が雀を次々と捕まえているのが目に入った。何をどうしているのかはわからないが、素手でひょいひょいと掴んでは離している。
(なんだ、あいつ、ここでこんなことしてていいのかよ)
 俺は信じられない物を見る思いで、男の姿を凝視した。

 男の名前は知らない。昔、知り合いのヤクザに大損害を負わせ、ヤクザの間で全国指名手配になり、捕まったあの男は、俺の目の前で凄惨なリンチに遭っていたのだ。
 そうだ、あの男の断末魔の様子は、まるで茹で蛸が土の上で暴れ回っているようだった。一緒に見ていた俺の友達は、「グロ、グロ」なんて言いながら喜んでいたくらいだ。そうだ、ずいぶんグロだった。何しろ人間が茹で蛸みたいになっちゃうんだからな。

 まぁ、そんなことをしていた俺が、こうやって低所得者用の施設で死ぬまで過ごせるだなんて幸せなことだと思う。
 俺は鳥を捕っている男を見るのをやめて、手押し車に捕まり歩き出した。すると、いきなりゴツンと車椅子の男に衝突し、誰かの足を削ってしまった。その足は元々膝から下がなくて、ぶつかられた男はまるで笑っている様な変な顔で涎を垂らしながら何度も頷き続けていた。足からは血が流れていたが、それほど痛そうにも見えなかったので、俺は無視して通り過ぎた。
 鳥を捕まえていた男がこちらのほうへ近づいて来て、車椅子の男に何やら話しかけ、車椅子を押し始めた。その方向が、通称『電子レンジ』と言われる処理施設だったので、 
(なんだあいつは、『電子レンジ』に行く途中だったのか)
と気がつき、俺はますます気が軽くなって歩き出した。人間が茹で蛸みたいになって身が裂けるという噂のところだ。それほど長い時間はかからないらしい。どちらにしても、足が削られたくらい大したことじゃないだろう。
 なんだかここの職員は全員あの男に思える。俺にとっては若い男なんか皆同じに見えるからな。区別なんかつかない。と言うよりも無いんだ。
 何度も何度も頷きながら、足から血を流して運ばれて行く男。笑っている様な顔をしていたが、もうああいう顔しかできないんだろう。そういえばあの時も、茹で蛸みたいになった男は、最後、笑った様な顔をしていたなあ。
 俺は「グロ、グロ」とつぶやきながら手押し車を押し続けた。




散文(批評随筆小説等) グロ Copyright チアーヌ 2008-12-25 22:39:08
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