My Favorite Things
れつら


 クァルテットも今日はテナーサックスが休みで、席のひとつ空いたスタジオでは三本の糸がしなりながら折り重なり、それでもこの編曲が傑出したものだと思わせるのは、欠けた旋律の在り処がそこここに顔を出し、鳴っていない音を思わせるからだ。白く、浮かび上がる点はかつての四角形の頂点、けれどそこから一点を除けば三角形になるというのは、いかにも早計だ、四角形にはならない。欠けた三角形はその手を宙に伸ばし、やり場のなくなった指先をふらふらさせている。かつて内側だった面が剥き出しになり、外側だった面はそのぶん所在なさげに、スタジオの残響のなかで折り合いを欠いている。なにぶん足りてないわけだからね、と頭では納得させようとしている残りの頂点はただ直線の折れ目、今となってはその背と腹に迷いを擦り付けてどちらかに凹んでしまっているようにしか見えない。

 仕方なく繋ぐのか、手を。アルトの管体がふるえ、誰よりも速く駆けるメロディーとベースラインの合間。バリトンはべそをかきそうになっている。閉じかけた圧で空気は吹き零れ、音となってその飛沫が重なり合う。三角形。閉じた弁を開けかけて黙ることを恐れた指貝のひらめき。歪に線の整わない三角が転げて坂道を下る。角を落とし始めてちっちゃくって、まあるくって、さんかく。アレ好きだったのよあたし小さい頃、アレでももう三角じゃないよね、まあるかったら三角じゃないじゃない、そりゃそうだけどもさ、あのころは、わたしとても好きだったのよ。甘い味が舌先に広がってタンギング、弾けるリード、振動、気温の変化。トーンホールのゆるい曲線をなぞって奔流がだらしなくあけた朝顔から吹きこぼれる。ちっちゃくって、まあるくって、

 三角形は面だ。滞りなく寝そべればそこから動くこともないのに。削れた頂点はなんとかその折り目を保とうと拡散し、摩擦する面を広げていく。絡まった指先は解けついて、けれどもその上の、朝顔の上の滴。震える髭先。銅製の管体、暖かいウールの絨毯。スタジオの毛羽立ちは上空へ、仰ぎ見れば天井はなくて空、夜を飛ぶ雁は月を欠いてその輪郭が見えない。わたしが思い出すお気に入りのありさまがへらべったく空に張り付いて首筋が重い。手をきゅっと結びながら寝そべったわたしたちが立ち上がれないのはどうして?悲しい気持ちになるときは

 ごめーん、おそくなったあ、もう遅いよ、どこいってたの、なんとなく疎外感、けれど浮き立つ白い点に指を重ね合わせて閉じる、白い睫毛に落ちる雪、溶けかけて春、ドレスのようにしなだれかかる青い渦、空。閉じるなっていったじゃーん、遅いからだよ、三角形にひとつ点を加えたら?四角形、ではない、それは早計だ。組みあがった三角にひとつの点。中空に浮かびあがる真っ直ぐなソプラノの管。多面の彩りは触れる広さ。わたしが思い出したのは塔、三角形にひとつ加えたら三角錐。きりたちのぼる朝の山のちらつき。ちっちゃくって、まあるく削れていくいくつものさんかくの折り重なりおにぎり、ピクニックに出かけたくなるような空模様に立ち上がる膝から腰。よっつあたまがでこぼこに揺れている。わたしはただ、おきにいりを思い出す。

 そういえば、あのころからずっとかわらなかったのはあたまのおおきさ。体はずんずん伸びて、どんなひとでもあたまよりおなかのほうがおおきいの。わたしたちはずっとひとつの塔になっていった。伸びながら突き刺さる朝顔が錘の先では笑い。









自由詩 My Favorite Things Copyright れつら 2008-12-12 21:29:02
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