先生
たちばなまこと

先生
今年も忙しさに思想が流されてしまう
そんな季節が来ましたね
あなたは貴婦人だったり豪傑な男の人だったり
駆けだしの幼い人だったり するのだけれど
先生は 忘れた頃に
夢枕にきりりとたち
うなだれた教え子の背中をさする
先生に夜というのは やさしいのですか

たくさんの人が門をくぐり たくさんの人が去ってゆく
先生はいつもそこにいて「いらっしゃい」と腰をあげる
あなたはどうですか
わたしはどうですか
自分に素直に流される そんな人間くさい先生でした
職員室で泣いてしまう人を 何人も見ました
先生だったりしました
教え子だったりしました
優しく深い海のような 幾たびも屈折して届く 光の帯たちの
暗がりを知る 重さを知る 柔らかな痛みを知る目の中に
沈んでしまうから 泣いてしまうのでしょうか

環境に足を取られて 向かうことすら出来そうにない
そんなときにはわたしも 泣いてしまうのでした
あなたの教え子たちも 泣くのでしょうね
小さな思想が
土足でなだれ込んでくる世の中に 圧せられて
先生
あなたがそんなにも傷ついて 思想を殺して
背負う子どもたちだから
いつか花をあげたいのです
二十歳の女の子たちを「子どもたち」と呼ぶ 貴婦人先生を
思い出にあたためながら

先生
今日は彼女の記念日です
わたしには先生と呼ばせてくれる人が 何人いるのかわかりませんが
彼女には人の輪がひろがっていて
人生の道しるべをくれる先生に溢れている
あなたは先生で もしかしたらわたしも 先生
その女の人のブーツには
億万色の砂を駆けてきた しなやかな脚
彼女もまた 多くを学び 多くを伝えてくれる
先生なのですね

先生
思想は殺されるべきでしょうか
あなたなら熱く「否」を唱えるでしょう
それならば先生
あなたの熱も上昇を続けて欲しいのです
帰る家があって 血が流れていて 仲間がいて
教え子たちがいて
あなたの思想を待っている



自由詩 先生 Copyright たちばなまこと 2008-11-16 09:23:17
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