嫁いで思うこと
小原あき

介護施設のベッド
幸せそうな家庭が
そこだけ
作り上げられている
洗剤のコマーシャルに出てくる
清潔そうなお嫁さんが
わたしの代わりに
お祖母ちゃんの世話をしてくれている
に違いない
きっと。




お祖父ちゃんが亡くなったよ
その言葉を
ひとつひとつバラして
おぼつかない手つきで
組み立てようとするのを
清潔そうなお嫁さんが
てきぱきと組み立てて
優しく優しく
手に握らせてくれた
お祖母ちゃんは
それをパラパラと落とすと
こちらへ手を伸ばす
その手を握られず
互いに彷徨い合う
清潔そうなお嫁さんが
優しく優しく
握ってくれた
わたしの代わりに。




帰りの車の中
差し込む光が
埃を踊らせる
いつも思うように
掃除ができない自分に
苛立った
テレビの中では
皆、綺麗な部屋に住んでいる
皆、どうやって
部屋の隅に溜まる
ちまちました無表情の埃を
掃除しているのだろう
それがわからないわたしは
夫にも
舅にも
お祖母ちゃんにも
綺麗な部屋を提供できない
せめて、あの手を
小さな体に似合わないくらい
大きくて頑丈な手を
握っていたならば、、
なんて
あれは
わたしの本音だから
仕方がない。




同居して
夫に話すことと
舅に話すことと
義理の妹に話すことが
バラバラになり始めている
バラバラになった言葉は
家のそこいらに落ちていて
掃除しながら集めると
やっとわたしになる
お祖母ちゃんと話をすることはない
介護施設に入る前に
一緒に暮らした数ヶ月の間も
ただ、目をそちらに向けて
零したご飯を
拾うことしかできなかった
それを口に戻して良いものか
迷いながら。




犬が零しても
赤ん坊が零しても
そんな気持ちにならないのに
合わない入れ歯が
かぽかぽ鳴る口から
食べ物が零れると
ああ、と思ってしまう
悲しいのでもなく
虚しいのでもなく
淋しいのでもなく
ただ
開けっ放しの口を
真似した
ああ、と。




解放された
清潔そうなお嫁さんが
わたしを解放してくれた
これで子供を作ることができる
おむつを変えることも
流動食を作ることも
そのすべては
赤ん坊に
だけどまだ
空気を抱いている
何かまだ
握らなくてはならないものが
あるような
なんだか思い出せないで
また、あの
開けっ放しの口を
真似してしまう
ああ、と。




自由詩 嫁いで思うこと Copyright 小原あき 2008-10-30 15:09:54
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