河のほとりの白い家
佐々宝砂

沸騰する赤い酒はきみの血で
かさかさに硬いパンはぼくの肉
どこもかしこも乾いていた
この世界も ぼくも もう ずっと前から

玄関には裸体の男をかたどったブロンズ像があった
防人のように居丈高に侵入者を睨みつけ
そのくせ小さな男根の先っぽは皮に包まれていた
どうして彫刻はいつも包茎なんだろうと
きみは指まで指してわらった

それからぼくはきみを

夏でも日焼けしないきみののどは白かった
確かな徴としてあるきみの小さなりんごが
何かの拍子にこくりと動くとき
疼いたのはぼくの何だったか
悪魔にだって答えることはできない

湿り気を帯びた黒い風が
地下から吹き上げてくる
ここより低いところはあるのだ
それがどんなところかぼくはまだ知らないけれど

白と黒のボーダーシャツは襟首がすこし汚れていた
ぼくはそれが気に入らなくて
洗いたかったのだけれど
襟だけを洗うのはむずかしかった
左胸に描かれた緋色の文字は
水がちょっと飛んだだけでも滲んでしまいそうで
沸騰していたはずの酒はそんなにも儚くて

もう動かないきみのりんごに
ぼくはちょっとだけキスをする
りんごを飲みこまなかったことがきみの不運

優しく強かったぼくのアダムよ
レテの向こう岸で
ぼくのことなど忘れたまま
ぼくを待っていてくれ
何を待っているのか忘れたまま
ただ切なく
ぼくを待っていてくれ

ぼくはまだそちらにゆけない
河のほとりの白い家から
ぼくはまだ一歩も出てゆけない
あの夏の日からぼくは動けない

ぼくがきみを殺し
ぼくがぼくを殺し
世界は誰にも気づかれず終わった
あの夏の日

予兆ばかりがあって
出来事はなにひとつなかった
あの夏の日


自由詩 河のほとりの白い家 Copyright 佐々宝砂 2008-10-19 03:51:12
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