黄色の憧憬−デッサン
前田ふむふむ



  1

姉は、猿が、親を殺している夢を、夜ごと見ては、
目覚める度に、硝子が砕けるように、怯えていた。
地味な窓から、手を伸ばすと、
裏庭の空き地越しに見える、マッチ箱の家たちは、
指先から赤く染まっていた。
姉が調理する猿は、純白な皿に盛られて、
鮮やかな黄色をした猿を、私は、ためらいもなく食べた。
海鳴りのように、街の背中から、黄色い胎児たちの顔が、
押し寄せてくる。
指先に引かれた夜明けに。

   2
仄暗い待合室が、黄色い閃光をはおり、
壁一面に貼られた紙が、通気孔の風にゆれている。
病人で熱気を帯びた天井の白い息に、沈黙した水滴が床に砕けて――
                         しずかな夕立の声
わたしは、病院の受付の手続きのために、もうかれこれ数時間も並んでいる。
死者の眼を恋しがる老人――洗っても落ちない八月の鮮血の手を頬にあてる。
鋭利なカッターを一点に見据えて、顔を凍らせる少女――
楽園はみずの乳房を開いた。
青い草を遠い眼差しで懐かしみ、枯野を抱える一度死んだ男――
透ける足に絵具を塗る一度死んだ妻が、
男のために透けた世界に名前を付けている。
――はり紙がゆれる。
ひとつひとつの断片が水滴のにおいを帯びて、――
足もとを弾く、うな垂れた雨音。
やがて、受付を済ませて、死人のような病人の列は、
錐のような螺旋階段を昇っていく。
わたしは、階段を昇れば昇るほど、口は、砂地の渇きにのめりこみ、
黄色い受付券は、泥のみずたまりに沈んでいった。
――孤独な街灯は消えかけている。雨はもう見えない。

薄ら笑いを浮かべる病人の前を、みずが滾々と湧きあげている。
灰色の空に映る葬祭場の煙のように。
掴めない救済の霧のように。
一すじの黄色の透明な列が、痛みを伴い、わたしの眼球を、何度も走る。
――手足は卵のような滑らかな治癒を渇望する。
どこまでも続く歩みは、
決して見えることがない診察室から漂うエタノール液に顔をひたす。
――偽造された、あるいは法悦の朝焼けが響く。
時とともに、わずかに顔をあげて、希望を噛む線は、黄色い自我を、
白紙のカンバスのなかにすすめる。
鼓動した俯瞰図の水脈は、水底から生まれるのだろうか。
病院の待合室では、一枚の絵画が掛けてある。
題名「手作りの・・・暖炉のような家族」の貼り紙に囲まれて、
絵の中央には、鏡に映っている、黄色い茎の線が切りたつ、
孤独なコスモスの花が、わたしを、じっと見ている。

    3

母は、黄色い木片でできた、
父との積み木のような島の生活の話を、しばしばする、
強い波は、母を内側から、荒々しく削っていったが、
白い肉体のボートを、羽根のなかに、大切に仕舞いこんで、
行ったことのない航海の夢を見ているのだ。
時間を持たない海は、美しく、父は、
黄色く霞む霧の彼方を歩いていると微笑んでいる。

あなたは、朝焼けのレンタカーに乗って、
新しい地平線をつくるだろう。
行き先をもたない伝書鳩のように、
いつまでも止まることなく。

海鳴りが、母の細い足音を奪った。
わたしは、父の言葉を盗んだ。
それを鳴かないかもめだけが知っている。







自由詩 黄色の憧憬−デッサン Copyright 前田ふむふむ 2008-10-07 01:56:44
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