Bob
わら

ずいぶんと歩いていた 
ぼんやりとそれだけはわかる 

ふくらはぎの痛みの感覚は通り越して 
いつか読んだ本の陳腐なストーリーのセリフみたいに
「それでも行きたい先がある限り歩くんだ」
と言い聞かしていたら 
ずるずると引きずる鉛みたいな甲の下に 
足の指は折れそうな感覚になっていた 

ああ、ろくでもないことは 
やっぱり、するもんじゃないな 
ビルの隙間で 
沈みかけている陽射しに 
すこし、苦笑いをしてみる 
風がここちいい 


この街はクラクションが鳴りやまない 
飛びかう声 
活気、いや、熱度 
においもだろうか 
この街に魅せられる人々の気持ちがぼくにもわかった
 
前にもこの国には来たことがある 
今とは大陸の真逆 
西海岸だったけれど 
そのときは、ただ 
青い海と空が見たい
なんていう理由からだけだった  
あの日々も野宿をして 
時には銃口を向けられたりもしていた 


また懲りずに来てしまったよ 
今は、もう、理由は色々なんだけどな 

こっちに来て、何日目になるんだろう? 

ニューヨークで安い宿なんか見つけられるはずもないから 
寝床はいつも、
川を渡ったニュージャージー側の田舎のモーテルだった 

毎日、毎日、 
夜明けとともに歩きまわって 
痛みも抜けないのに 
そんなことをしていたから 
ついには、ろくに足も動かなくなってしまった 

日が暮れて、
誰もいない異国の夜道をとぼとぼと歩く度に 
「おれ、何してんだろ?」
って気持ちになってくる 
いま、こんな海のむこうで死んでも 
誰も気づきもしないんだろうな、なんて思うと 
やっぱり、すこし笑えてくる  
なんだか 
月がやけにキレイだった


 
誰にも知られずに死んだりする

だけど
何かのために殺されるなんてのは 
どんな気持ちなんだろう? 
あの人たちは 
そのせいで世界が変わったなんてことを 
知っていたりするんだろうか? 


グラウンドゼロ 
あの場所には 
嫌気がさすほどの政治が飛びかっている 

いのちは、
どれだけの議論にさらされてきたんだろう 

意味や意義や国のためや 
「そんなことは知っちゃいない。おれたちは焼き殺されただけなんだ」
って思ってたりしないのかな? 



あの日、世界はたしかに変わった 
それは真実  

メモリアルサイトには 
何ヵ国語もの文字で 
「9/11が世界を変えた」と記されていた 

もう、うんざりなんだよ 
おれもそんな見え透いたことを言うために 
ここまで歩いてきたのかい? 


道に迷ったとき行き先を教えてくれた、あのおばちゃんはいい人だったなあ 

ホットドッグを買ったときのおじさんは親切だったなあ  

鉄道で行き先を間違えたときの駅員さんもそうだった
 
宿を教えてくれたおばさんは 
日本から来たことを知ると
「ウェルカム!」って握手をしてきてくれたよ 

どうでもいいんだ 
どんな人種だったかなんて 
黒人だったか白人だったかなんて思い出せないよ 

でも、みんないい人だった 
いやなヤツもいたけど 
みんないい人だった 

なぁ、おれたちは、
何をするために生きているんだい? 

たしかめようとしていること 
感じようとしていること 
すれ違う幾千もの人間たちの息吹きや声 

いや、 
そんな安っぽい言葉じゃない  

答えもろくに見いだせないまま 
この国に来て何日目かに 
グラウンドゼロなんて呼ばれた場所に来たんだ 


なんのためかだとかは 
いくつかの理由のひとつでしかないし 
どうでもいいと思った 

汗ばむカラダと引きずる足 
渇くのどのむこうで 
うすく、目を細める 

そこには 
あの日の記憶をとどめる場所があった 


いくつもの顔写真が張られていて 

いくつものメッセージが寄せられていた  


みつからなかった人たち 
それをさがす張り紙 
何百枚もの 


なんかさ、 
みんな笑顔で 
いい顔してるんだ 

愛する家族や自分の仕事や 
それを守るため、救うため、
その誇りのため 
きっと、一生懸命に生きていたんだと思う 

いくつもの笑顔の下にある 
ほんの数文字の言葉


MISSING 

STILL
LOOKING FOR


THANK YOU

THANK YOU, BOB


WE LOVE YOU


THANK YOU
FOREVER


WE LOVE YOU



おれは、なんのために歩いてきたのか

こぼれる涙はとめどなく 
どんなに我慢しても 
だめだった 

なんのためだとか
そんなもの
理由もなく
 
歩けなかった




WE LOVE YOU

BOB



その数文字が
目に焼きついて今も離れない
















  


自由詩 Bob Copyright わら 2008-09-11 20:06:56
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