金魚姫
紫音

どうやらここがとてもとても明日で
透明なはずのここは鈍く曇っていて
上を見上げればちょっと青みがかっていて
(水槽だよな)
なんて
ぼんやりしてみたりもする
息苦しいのはきっと酸欠だから
酸素ボンベでも投げ入れてくださいご主人様
と祈るはずのご主人様はどこのだれ
不条理が条理であるようなここは
飼い主の姿さえ見せてくれない
(写真くらいはあるかもね)
と小石の裏をひっくり返してみても
何も見つからない
縁日で売られていたときの可能性は
ここではもう余命を数えるほどに狭められ
それでもとりあえず食べることが大事だから
せっせと飼われている
(哀しい)
という感情はいつしか消え
女工哀歌か蟹工船か
そんな言葉もいまとなっては教科書の中の話で
リバイバルとか歴史は繰り返すとか
なんでも理屈を付けたがるのは悪い癖
金魚な自分にとっては何の意味もない
理屈は助けてなんてくれないのだから
見えない硝子の壁にぶつかるように
今日も自動ドアに気づかずにぶつかって
また一つ笑い話を作ってしまうほど
ひらひらと軽やかに(見えるように)生きて
綺麗でもなく高くも売れない金魚を買ったここは
いまごろ後悔でもしているのだろうか/飼い主
(パクパク パクパク)
酸素が足りない金魚
酸欠はいろいろと体にも頭にもよくないらしい
だからかな
詩なんてものを始めたりもする
水槽の中が溶けたインクで濁っても
止められない
尾ひれも胸びれも傷ついてボロボロだけど
赤や黄や白や
色とりどりに見せかけてもいるけど
金魚は金魚
長い間交配を重ねて作られてきたように
きっと買い主に都合が良いように
いつの間にか作られてみたのかもしれない
そしてやはり金魚のように
買い主に価値があるものはなかなかできないのだから
縁日で売られるくらいになると相当に価値が低い
だから詩なんてものを書いたりする
(君は詩的を私的と誤解していると指摘してくれた君)
そう
そんなことは気づきたくもない
金魚な自分はいつまでも金魚なのだから
せめて水槽の中くらい
自由という檻の幻想を見てみても良いじゃないか
それが夏の終わりに消えゆく夢だとしても
消え去り際が泡のように美しくもないとしても


自由詩 金魚姫 Copyright 紫音 2008-09-08 21:27:37縦
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