チャック
小原あき

夜中に目が覚めて
月明かりの中に夫の寝顔を見つけた
よく見ると額にはチャックがあって
少し迷ったけど
開けてみたら
不思議な記号や色や
匂いや音が
チャックの向こうに収まっていた


なんだか悲しかった
悲しみは、理由なく訪れて
過ぎ去った後にその意味を知るから
今はただ
悲しみに身を任せるしかなかった


涙が流れているような気がして
鏡を覗いてみたら
額にチャックがあったので
開けてみた
そこには不思議な記号や色や
匂いや音が
チャックの向こうに収まっていた
見たことがないような気がしたけど
これがわたしなんだ、と
そしてあれが夫なんだ、と


ひとりの人を理解するのは
果てしない地図を広げたり
絶え間ない光を数えたり
生まれ続ける風を追い掛けたり
音の出所を探したりするようなものなんだと
一瞬だけ
チャックの中の
不思議な記号や色や
匂いや音が
読み取れたけど
それはわたしのチャックか
夫のチャックか
判断が着かないうちに
夜が明けてしまいそうだった





自由詩 チャック Copyright 小原あき 2008-09-02 22:22:25
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