刺繍糸を買いに
チアーヌ

今思えば
すべてのことは
半径二キロの輪の中で
起こっていた
その中は
やさしい
繭のなかのように
柔らかくて

はじめて刺繍糸を買いに行った日のこと
鮮やかに覚えてる
刺繍で風景を描いていたから
いろんな色が欲しかった
葉っぱの緑だって空の青だって
一色じゃつまらない
お母さんに頼んでおこづかいをもらって

はじめてひとりで三キロ先まで行った夏の日

わたしは5年生

人通りの少ない、住宅地を抜けた寂しい道
坂道を降りきるとパチンコ屋
その手前で
ズボンを下げてにやにやとこちらを見ている
中年の男

最初はなんのことかわからなかった

アブラゼミの鳴き声
歪んだ捌け口
猛暑
恐怖
吐気

半径二キロの輪の中から出てしまったあの日
わたしは
わたしは


刺繍糸を買いに

刺繍糸を買いに






自由詩 刺繍糸を買いに Copyright チアーヌ 2004-07-24 00:26:59
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