空蝉
紫音

暖かくなると頭に何か湧いている人が出る
とはよく聞くが
暑くなると いっそう頭が釜茹でで
どうでもいいようなことばかりを考える
むしろ思考停止
蛙の輪唱 蝉の輪唱
いや 蝉は臨床
釜茹での頭に聴診器
 病んでますね!(嬉しそうに)
  余計なお世話です
 ところでお名前は?(真面目な顔で)
  忘れてしまいました
 重症ですね!(とても嬉しそうに)
  余計なお世話です
 何か悩みでも?(笑みを浮かべて)
  なぜ色恋が売れるのでしょう?
 楽しいからでは?(面倒臭そうに)
  なぜ楽しいのでしょう?
 劇的だからでは?(ほとほと面倒臭そうに)
  そうでしょうか?
 そうでしょう(諦め顔で)
  だから歌うのですか?
 そうですね(神妙な面持ちで)
  でも僕は嫌なのです
 何がですか?(再び面倒臭そうに)
  疑問に疑問で返す答えも愛や恋を歌うのもこうしてあなたと話すのも、
  とてもとても嫌でなにもかもがどうでもいいことのように感じるから、
  それはそれは嫌なのです嫌悪です憎悪ですどうして僕はこんなですか?
 末期的ですね!救いようがありません!!(嬉々として)
こうして蝉の心療は打ち切られた

ほんとうはこんなことを聞きたいわけでもなく
もっと他の
たとえば なぜ何年間も埋まったままで 出てきてすぐ死んでしまうのか
なんていうことを聞きたかったのかもしれない
ミンミンミンミンミンミンミンミンと煩く反響する
その声がうっとうしいだけだったのかもしれない
だから
あいやこいをうたえないのかもしれない
あふれすぎている
あまりに
あふれすぎどれもがきれいごとでここちよく
だから だから

理由を探すことは
卵に醤油かソースか塩かケチャップかで揉めるくらい
どうでもいいこと過ぎて
蕩けた頭では考えるのも億劫だ
(もちろん それがとても大事なことだ ということは知っている)
蝉は美しい
謳歌している/生を
それができないことは
ちょっと寂しいかもしれない
または哀しいのかもしれない
トイレで紙がなかったときくらいには
かなしいかな
謳歌するには長すぎ
紙がないことに気付くのは遅すぎる

無味無臭の真実に
色と香りをつけた
それは歌い奏でる
だから剥ぎ取ってしまえ
虚飾に満ち満ちた アールデコの世界から
 喜んでください
 楽しんでください
 感動してください
押し付けのまやかしの埋め立てに使うほどに消費された
多彩な言葉から
もう眠りたい
望んだものでも望まれたものでもない
ただ在るだけの停止に向かってブレーキをかけつつ
慣性移動するからだを クラッシュさせてしまいたい

重症だ
暑さで参ってしまったに違いない
どこに行くのか
または 行くべきなのか
こたえなどないままに
煙を吹かしながら
ただ
さまよい
あるく
ある


手紙を書くこともなくなり
すっかり言葉も忘れてしまい
もう
見たいものを見る術もなくし
あるがまま見えるがまま
惨めになってしまった
すばらしい
毛穴という毛穴を開き
腐臭を放ちながら
前など見えず
後ろを振り返らず
わき目もふらず
無心にあるく
綺麗でも華麗でもなく
泥臭い心こそ
嘘くさいものごとをこそ
見据える真実が浮かび上がる
過剰装飾のラブホテル
サクラ写真の出会いサイト
臭う
香しいほど
そこは人ではなく動物のワンダーランド
オリジナルなどなく
パッチワークのように
ありとあらゆるものを繋ぎ合わせた
蝉ほどの純情さも持ち合わせていない 色香の世界

暑さで溶けてしまわないよう
走り続けよう
あと何十年か
消え去るその日を得るまで
蝉は抜け出てしまったが
殻ほどには人の形であるうちは


自由詩 空蝉 Copyright 紫音 2008-08-17 09:26:02縦
notebook Home 戻る  過去 未来