暮らすように歌う
小原あき

彼女の歌はどこでも聴ける
初めて会ったとき
彼女の肩には音符が乗っていた
飼っているの、と
なんでもないことのように話してくれた
触れると柔らかくて
すぐに歌いだした
それは彼女の唇からなのか
それともヒメと呼ばれた音符からなのか
わたしには区別がつかなかった


彼女の歌はどこでも聴ける
通学途中の電車の中
実習中の教室の中
二人で出かけた映画館の中
彼女の歌は
わたしの沈みやすい気分を
天高く浮かび上がらせる
だから、わたしは彼女を必要とした


彼女の歌はどこでも聴ける
だけど、カラオケに行くと
ヒメはいなくなる
彼女は急に無口になる
彼女は歌が上手い
流行りの曲も見事に歌いこなす
だけど、彼女は歌わない
だから、わたしは気分が沈まないように
自分で歌う
彼女はそれを
気持ち良さそうに聴いてくれる


彼女の歌はどこでも聴ける
彼女と初めて会った学校を卒業して
互いに別々に就職して
わたしは永久就職した
それから二年後
彼女も永久就職した
彼女の選んだ人は
(人は選んだり選ばれたりする、と思う)
彼女の歌を聴いても
前だけを見ているような人だった
わたしはこの人なら
彼女の歌を
ヒメを
すべてを理解してくれるだろうと
余計なお世話だけど
感じていた


彼女の歌はどこでも聴ける
彼女の結婚式も例外ではなかった
彼女は歌った
教会の十字架の前で
わたしたちの前で
両親の前で
花婿の前で

彼女の涙の中には
ヒメが笑っていた

彼女の歌はどこでも聴ける
彼女は
暮らすように歌う





即興ゴルコンダ投稿作品を改稿した作品





自由詩 暮らすように歌う Copyright 小原あき 2008-08-14 13:13:04
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