衝撃と恐怖
徐 悠史郎

衝撃と恐怖




衝撃と恐怖、その名のもとに息、黒い閃光、白い闇が。立ち上がる……、……覚醒された声がひそかな肉上に影をつくり、その輪郭はやがて文字に変容する……そのとき風はあらぬかたを目指して零の地帯の上を吹きすぎた、友よ、尋ねることなく、その答をただ見詰めるだけの君の眼、風の中で塵さながらに舞っている君の答を見詰める君の眼は、世界と君との境い目で裏返しになっている。……口で……口で、追うのか、その湿った穴で。………、………だが乾いたその答はもう既に君の皮膚の裏で、言葉になって焼かれている……、……、……衝撃と恐怖、衝撃と恐怖……それはかつては夏のことば、……暑かった、盛夏の……まっさおに晴れ渡った空の一点に、アクリル硝子の瑕疵のように浮んだ記憶……、

……衝撃と恐怖、今また私たち、……私たち、その名のもとに語られよ、口に白い闇をふくみ、眼に黒ずんだ光をともして。「私たち」よ、声よ……。届かない言葉を手にせよ……風はなにも知らない、千年樹もなにも見てはいない、ただ「私たち」が知り、「私たち」が見る……わたしたち、わたしたち……いつからわれら、二人となったのか……だがここにひとつの根が降りる、ここに樹のように降り立つ生と死は、わたしの重ねられた手のひらに息を留めている……

土の裂け目。……、……、ゼロの
地帯。……疑いのない場所……そこから始める場所、否応なくそこで終わったという場所……ゼロの……地帯……うたがえ、ゼロのように、劫火のように……舌を舐める炎のように。……燃える喉でうたがえ……河原の小石が巨岩となり、その上にやがて苔が萌え育つまで……うたがえ、そうすれば終わる、終わる、……君よ、裏返しの君の眼は、空に振り子をゆめみる……

夏。ふたつの都市。偶然といわなければならない…………あまりにも突然だったから…………衝撃と恐怖……黒い閃光、白い闇……そのとき流麗な爆煙が都市の上に立ち昇った。(記憶、しらない間に成長して人のかたちに夏から夏へ成長し雲よりもしろくかすれるきみの記憶は風になってどこかで……)零、とは、そこにあること、そこにあった阿鼻をいうのか。なにひとつなくなりはしなかった、かわりに新しいものが生まれた……家のかわりに瓦礫、草木のかわりに灰、人のかわりに炭、皮膚のかわりに糜爛、水のかわりに渇き、時間のかわりに闇、空のかわりに光、母のかわりに死、……、……衝撃と恐怖、白い闇、黒い光……しかしそれゆえ、子よ、あの日の爆煙は美しくなければならない。そのとき母は召されたのだから……衝撃と、恐怖……そのとき私たちの眼は世界の際で折り返し始めた、空と土は振り子の眩暈に沿って空転する……

わたしたち、わたしたち、……いつからわれら、二人となったのか。……ひとりは闇へ、ひとりは光へ……そしてまた入れかわるわれら……くらき淵より、その言葉を聞け、うたえ、そして輝く水の高みにて涙せよ
                          ………………「主」よ

人になりかわり、自由と正義の名のもとに、その半旗を焼け、そのともしびを消せ、その闇を白くせよ、その光を黒くせよ、そのゼロを言葉たらしめよ……すべての剣は折るためにあり、すべての銃は棄てるためにあり、すべての憎悪はあなたのためにある。…………主よ、唯一にしていくつかの「主」よ、光と闇の名のもとに、そこにあるゼロの上に泥を盛れ、そして手ずからその泥で人をこねよ。そしていま一度そのものの身を焼け。
…………われら…………ふたり。それさえも試練の、真昼の酷暑。われら、われらであることに慟哭せよ、胸を蹂躙せよ、君が ……
みずからを殺し尽くしたそのときそのままに。

…………家は誘導弾を狙って低空を飛ぶ…………ふたつのビルは旅客機めがけて突き刺さる…………ふたつの都市は二本の細長い爆煙を空に向けて垂らす…………わたしは死を捉える…………眼はわたしを追う、言葉が開き、口を語りはじめる、…………凱歌よ敗北せよ、勝者よ敗者に首を刎ねられよ、いま一度、焦土を爆撃せよ、真の敗北を岩のかけらから奪還せよ…………

われら、衝撃と恐怖を息、絶やせ……

衝撃と恐怖、その名のもとに生き、黒い閃光、白い闇が立ち上がる……、……覚醒された声がひそかな肉の上に影をつくり、その輪郭はやがて文字に変容する……そのとき声は君を目指して零の地帯の上を吹きすぎた、友よ。……尋ねることなく、その答をただ見詰めるだけの君の眼、君はどこにもいない。ただ風の中で塵さながらに舞っている君、……君の答を見詰める君の眼は、世界と君との境い目で裏返しになって君を見詰めている。……口で……口で、追うのか、その湿った穴で。………、………だが乾いたその答はもう既に君の皮膚の裏で、言葉になって焼かれているのだ……、……、……衝撃と恐怖、衝撃と恐怖……それはかつては君のためのことば、……暑かった、盛夏の……まっさおに晴れ渡った空の一点に、アクリル硝子の瑕疵のように浮んだ記憶……、

……衝撃と恐怖、今また私たち、……私たち、その名のもとに語られるわたしたち……口に白い闇をふくみ、眼に黒ずんだ光をともして。「私たち」よ、声よ……。届かない言葉を手にせよ……そのときはじめて風は知り、千年樹はあまねく見届ける、ただ私たちはそれを知り、私たちはそれを見る……わたしたち、わたしたち……いつからかわれら、二人となって……だがひとつの根が語り始める、ここに人のように降り立つ生と死は、わたしたちの重ねられた手のひらにしるされるのだと。

もうこれ以上、栄えることなく。






自由詩 衝撃と恐怖 Copyright 徐 悠史郎 2003-09-12 03:05:34縦
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