ムルチ(怪獣詩集:帰ってきたウルトラマン)
角田寿星

アナタハ ダレデスカ

身寄りも帰る場所もなく来る日も河川敷を掘じくる佐久間少年ですか
地球の汚染大気に蝕まれ余命いくばくもないメイツ星人ですか
ふたりきり
河川敷の工場跡で
下水道に住む食虫動物のように
体を寄せあい
日々の食を求め
地中に隠された円盤を探し
メイツ星に還る日を夢みて
ひっそりと
誰にも知られずに生きていたかった

アナタハ ダレデスカ

商店街のシャッターは閉まってなかった
家々の窓は開け放たれていた
朝には子どもの挨拶がひびき
陽が傾くと夕餉を呼ぶ母親の声がきこえた
おつゆが さめるわよう
昭和40年の貧乏ったらしい東京で
煤煙と排ガスにまみれ額に汗して働き
善良であれば幸せになれると誰もが信じていた
同じ人々の同じ笑顔だった 違うものを悪と憎んだ
無関心な雨が
時代を洗い流していった

アナタハ ダレデスカ

あなたは誰ですか
少年のささやかな夕餉を踏みつぶす腕白どもですか
お前にやるものは何もない と
少年を突きとばすパン屋のおやじですか
こっそりと売れ残りを少年の懐に押し込む看板娘ですか
少年に理解を示し円盤を一緒に探す郷隊員ですか
街角の電柱からそっと顔をのぞかせる一介の虚無僧ですか
ただ通り過ぎていくだけの人の波ですか
表情もなく降りそそぎ洗い流していく雨の瞬間ですか
来る日も掘じくりかえされる存在の糞ったれな砂の一握ですか
あなたは

金曜日の夕暮れ真空管が描出するぼんやりしたフラグメント
ガキの頃はウルトラマンが出て来さえすれば何もかも解決するのに と
なすすべもなくうたがいもせずやがて雨がとおりすぎていくのだろう

あなたは
堪忍袋の緒を切らし少年を排斥すべく暴徒と化した
八百屋ですか薬屋ですかスーパーのレジ係ですか大工の棟梁ですか
「その子は宇宙人じゃない 宇宙人はわたしだ!」
少年を救おうとたまらずに正体をあらわしたメイツ星人に
善良な市民たちを守るため立ちあがり発砲した
正義感あふれる純朴なお巡りさんですか
メイツ星人の封印がとけて
すべてのかなしみとにくしみと怒りをこめて目覚め立ち上がる青き怪獣
ムルチですか
それとも

「勝手なことを言うな…怪獣をおびき寄せたのはあんたたちだ…」
「郷!街が大変なことになってるんだぞ…わからんのか?!」

そう
愛らしき人類の平和を守るべくはるかM78星雲よりやって来た
正義の巨人
ウルトラマンですか

燃えさかる炎はすさまじい豪雨をよび対峙するウルトラマンとムルチを洗い流す
ムルチのブルー
ウルトラマンの銀
ムルチの流した涙
ウルトラマンの流した涙
ムルチの頚部から噴出したみえない鮮血の飛沫
豪雨は
洗い流し
そして三十年がたちました
誰ともなくつぶやいて

少年は父親になり
道のまんなかに立って
うつむいて
みえない雨に打たれるように
両肩から湧きあがる自問の声をこらえている

ボクハ ダレデスカ


自由詩 ムルチ(怪獣詩集:帰ってきたウルトラマン) Copyright 角田寿星 2008-07-31 21:19:22
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