遠ざかるひと
恋月 ぴの

(1)

明日と言う日の訪れを恐れるときがある
気を紛らわすことさえままならず
早々に床についたとしても
考えるのは埒のあかないことばかりで
苦し紛れの寝返りを打てば
人の気も知らず目覚し時計は時を刻む

そして寝付けぬままに朝を迎えれば
何一つ変わること無く
今日という日がただそこに在る
あれほど思い悩んだ明日と言う日は
わたしを突き放したような素振りを見せて
熱帯夜の向う側へ遠のいてしまう


(2)

縁日で買ってもらった狐のお面が
外れなくなった夢を見た
この子をサーカスに売ってしまおうかと
話し合うひそひそ声に聞き耳を立て
サーカスに売られるとはどんなことかと思い巡らす

紅白のピエロの服を着せられて
旅から旅への日々
背負う行李に
外れぬままのお面の下でくやし涙を流したり

旅先で出逢う心優しい少女の横顔に
生き別れた妹の姿を宿し
望む夜空にふたり遊んだ小川のせせらぎを聴く


(3)

雲一つ無い青空に照りつける夏の陽射し
影法師さえもその姿を隠し
街路樹はただひたすらと耐え忍ぶばかりで

無機質に焼けた歩道に
男がひとり
こちらへ背を向け佇んでいた

その男の肩に手をかけようとして
狐のお面を被った男の行方を尋ねようとして

わたしは陽炎の立ち昇る歩道を走った

息を切らし
噴出す汗を拭おうともせずに


(4)

あまりの寝苦しさに目を覚ます
相変わらず狐のお面は取れぬままで
今しがたまで見ていた夢を想う

わたしに良く似た男が走り寄ってくる
肩に手をかけようとして
狐のお面に気付き驚愕の眼差しを向けた

ぜえぜえと荒い息を吐き
噴出す汗を拭おうともせず凍て付いたままの男
そして紅白のピエロの服を着た男



自由詩 遠ざかるひと Copyright 恋月 ぴの 2008-07-23 22:11:04縦
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