お米をこぼした日
千月 話子


空になった米びつを
流し台下の収納から取り出すと 初夏
扉裏から日陰がやって来て
「今日は暑いですね」と作業を急かされる


10キロ袋の角を少し切り
よいこら 持ち上げてから
うまいこと長方形の箱に入れ替える
ぶらーん ぶらーんして 平均に
しゃわら しゃわら 良い音出して


でこぼこを手の平で平らにして
したくせに 手指を突っ込んで
ぐっと突っ込んで
ひんやりと米の感触を楽しんだら
掬い上げて さらさら落とす
清潔な砂遊び お米に失礼の無いようにして


隙間無く綺麗にならした あきたこまち
一番神聖な真ん中からカップを崩し入れ
きしきしと音を立てたら 私 
の背中から 金色の穂が生えて
窓の隙間を通る風に 2人して揺れていた
狭い台所の無法地帯
何があっても 誰にも気付けない


まだ明るい夕方の空を見上げながら
手に持ったぎしりと詰まる米カップ
思い出すのは あの時の切なさ

  
  「お米をこぼした日」

暑い日の西方から
早馬のように暗雲がやって来て
ゴロゴロと小言を言いながら
ほんの少しも雨を滴らせずに
いきなり ドッカ!と怒りをぶちまけた
忌々しい雷の轟音が
私の頭の天辺からゾゾゾと伝わって
全身を痙攣させて ぶれる指先
持ち上げたカップが滑り落ちたら
さようなら 美しかった米達よ


台所に愕然としゃがみ込んだ
私の唇の絶望に似た切なさを
今は誰かに知ってほしい
跪いた膝関節から止め処なく
「おばかさんね おばかさんね」
と 煽り立てるので
心は 心は 玄関を飛び出して
公園のブランコを探して
ただひたすら 風に揺れる


空になった私の身体の非常事態に
どこにあるのかスイッチが入る
「心が無いなら米を詰めろ」
と鳴り響くので
さんざ散らばった埃付きの米を
やはり無心で拾い集めた


世界中のどこかで
誰かが米をこぼした日
台所には 小さな灯がともり
誰にも気付かれずに
1人 頑張っている人が居る


汚れた米をきれいに洗って 洗い過ぎて
栄養分が少し減ってしまっても
「おいしい」と 言ってほしい
家出した心を迎えに行って
「帰ろうよ」と微笑みかけて
2人して自分を誉めてあげたい


お米をこぼした日
切なくて 切なくて
少し誇らしいを知った 日




自由詩 お米をこぼした日 Copyright 千月 話子 2008-07-21 23:35:19縦
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