雨だれ
mizu K


1. カスタネット

紫陽花の花という花がてっぺんまで匂いたち、その色目も日に
日に濃くなっていく有様を窓から見ている。雨粒がはらはらと
落ちて窓ガラスにもかかる。風があるのだ。軒下の方で雨だれ
がしているようで、もうずいぶんと前から、かち、かち、と音
が聞こえる。もうずいぶん、と思うのでおそらくもうずいぶん、
と雨も降り続いているのだろう。室内も雨にけぶってきた。う
っすら靄がかかったようで本棚の背表紙が読み難い。ギターの
肩に水滴が落ちてくる。それはカスタネットの音に似て。机の
上の琺瑯の水さしには水滴がびっしりついていて、室内を球体
にしようと目論んでいるようだ。天井からぶらさがっている白
熱灯はすでに立ち消えてひとすじ煙っている。夕闇がひたひた
とせまっている。




2. メトロノーム

水道の蛇口が弛んでるのだろう。BPMどれくらいとさらりと
口をついて出るわけではないが、おそらくそれよりは不正確で
安定なく、ゆらいでいるのであろう。ぽつ、ぽつ、どこかとぼ
けた風情で流しの空洞がひびく。それはメトロノームの音に似
て。ごくごくこどものころ、流しの下の暗がりに何かいるよう
に思え、それでもこわいもの見たさにみてみたかったことがあ
る。非力な手には重い取っ手を。すこし黴のような匂いもする
ようで、お酢の一升瓶の反対側の暗がりにつと手を。とたんに
がっしとつかまれ引きずり込まれ、引きずられていって、暗が
りに、目の前に闇、腕をつかむ暗い腕、くらいくらい、流しの
下へ、放り込まれて、流されていった、こどもたちがいるので
すよとどこかに聞いた覚えがある。




3. 拍子木

雨が降ると音もやわらかくなるといいます。こもった感じとい
う人もいます。やはり湿度がずいぶん関係しているのでしょう
ね。そう言って、近年では冬場にしか出番のないそれをその人
は鳴らしてみせた。かつち、かつち、それでもその音は十分に
硬質なまま耳にあたり、この季節でこうなのだから冬になると
さぞ、と言うと、はははと笑われた。かつち、かつち、そうで
すね、冬にやると火花でも飛びそうになるときがあります。そ
れはきれいでしょう。それで火をつけたこともありますよ。は
あ、そうですか。所謂放火ってやつです。えー。冗談です。な
んだ、期待して損した。火をつけるという行為は楽しいもので
す。マッチしかり、ライターしかり、アルコールランプしかり、
ガスコンロしかり、石油ストーブしかり、着火マンってありま
せんでしたか?いまなんという商品名になっていますか、花火
のときとか便利な。まだ小さい時分、火を使うとすこしだけお
となになった気分がしたものです。そうですか、そうでしょう
ね。そんなとりとめもない話をしてその人のところを辞した。
玄関先にアジサイが咲いていて、もうずいぶんと色づいている。
小雨の中、ぼうと眺めていたらどこからか、かつち、かつち、
と音がしている。それは先だっての拍子木の音に似ているよう
だがすこし違う。方角もすこしずれたところから聞こえる。そ
もそもその人は故なく鳴らすような無粋な人ではないし。たぶ
ん、似たような何か、雨だれかなにかが打ちつけているのだろ
う。その音に送られて帰途についた。




自由詩 雨だれ Copyright mizu K 2008-07-07 22:12:27
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