小原あき

姉は鏡を持って出てきた
お母さんは?
と聞くと
買い物に行った
と言った

彼女は看護士をやっていて
だから、医者とは絶対に結婚しないそうだ
まだ、結婚に可能性のある姉が
希望をひとつ
手にしたはずのわたしには
懐かしくもあり
羨ましくもあった

夜勤明けなんだ
と言う姉は
右手に鏡を持ったまま
玄関に立っていた
客がわたしだと気付いていたのだろうか
身なりを気にせず
眉毛が半分無くなった顔をしていた

たぶん、これから
どこかへ出かけるのだろう
彼女の持っていた鏡の中に
きちんと眉毛の書いてある
よそ行きの姉の顔があった

その顔は知らない顔だった
わたしの知らない世界に住む姉の顔だった
眉毛の半分無くなった顔は
見慣れないけど
わたしの知っている世界に住む姉の顔だった

なんだかほっとした
彼女はわたしの前では
わたしの知っている顔でいてくれる

鏡の中が揺れる
その中に住む姉が
しきりに時間を気にしている

だから、わたしは
持ってきた大量の玉ねぎときゅうりを置いて
じゃ
と玄関を出た

うちに帰って
自分の鏡を見てみた
そこには
畑仕事で少し日焼けをした
素顔のわたしがいた

もう一度
あの時の
知らない姉の顔を思い出してみる
それは
懐かしくもあり
羨ましくもあった





自由詩Copyright 小原あき 2008-06-25 19:19:20縦
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