孤独なひと
恋月 ぴの

同じフロアの同じ間取り
南西向きの小さなワンルーム
好きなひとの去ったベッドに横たわり
ひとりの男の死を想ってみる

駅前のスーパーで買い物を済ませ
近く有料になるとかのレジ袋をぶら下げ
都電荒川線の踏み切りを渡れば
マンション前の道路にはただならぬ人だかり

好奇心の眼差しを押し退けるようにして
正面玄関にたどり着いてみれば
わたしの部屋と同じフロアに消防車の梯子が伸び
数人の消防士がベランダ側の窓を叩き割ろうとしていた

火事にしては煙出ていないし

わたしの部屋に入ろうとエレベーターを降りると
制服姿の警官と私服の刑事が数名

もしかして自殺なのかな

ベランダの消防士は携帯で撮影してしまったけど
警察官の姿までは撮影はできなかった
それでも秋葉原の事件で被害にあったひとを
携帯で撮影しまくったという群集心理が
少しだけ理解できた気がした

やがて窓を叩き割った消防士が
玄関前で待機していた救急士を招き入れ
ひとの形をした物体を担架に乗せ玄関から運び出す

わたしは携帯で撮ることはしなかった
頭の先から爪先まで布で被われた
動こうとはしないもの
数日前までは確かに生きていたという痕跡を残し
硬直しきった遺体の突きつけてくるもの

とりおり玄関の扉の隙間から
ものものしさを残す部屋の方向を窺ってみれば
単なる事故なのかそれとも事件なのか
探り出そうとする白い手袋が蠢いていた

独身の中年男性だったらしい
かなり以前から病気がちだったらしい
数日前から会社を無断欠勤していたらしい

死と言う現実さえも憶測の海に漂うばかりで

眠れぬままに携帯をいじっていると
窓を叩き割る消防士の姿
そして
撮っていないはずの担架で運ばれる遺体が写っていて
それはわたし自身だったことに気づいてみせる




自由詩 孤独なひと Copyright 恋月 ぴの 2008-06-24 23:00:56縦
notebook Home 戻る