ウエハース島の思い出 5  〜シュトゥルム・ウント・ドラング〜
よだかいちぞう

アルルコールは
リタを探そうとしたが
どこに行ったのか見当が付かなかった

「シュトゥルム・ウント・ドラング」
その時だった
ユリイカ研究所に向かって歩いてくる
地質学者のフルボサミン女史と遭ったのは

女史はアルルコールが
リタを探してるんです知りませんかと
切羽詰った感じで女史に伝えると
女史は「しゅとぅるむ うんと どらんぐ」と云った
アルルコールはどういう意味ですと訊ねると
女史は「疾風怒濤という意味です」と、答えた

アルルコールは女史が何を云ってるのか
わからなかった
女史はそのあとにこう云った
「チョコレート地層とバニラクリーム地層が
混ざり合うところを
シュトゥルム・ウント・ドラングといいます
そこはチョコレートとバニラクリームが
渦を巻いて混ざり合っていて
とても安定していない地層です」

アルルコールは女史が何を云おうとしているのか
いまだに理解できなかった
女史はアルルコールに落ち着かせるそぶりをみせて
こう云った
「あなたもリタのことなんて忘れて
私と一緒に地層の研究をするべきです」



リタは一人
ウエハース島の海を臨む崖にいた
崖の淵に座って
足をプラプラさせているのだ
崖のしたは波打つ海で
海までは20メートルはある
もしここから飛び降りるのならば
死にはしないが確実に骨折はする高さだ

リタはオキシドドール博士のことを考えていた
「オキシドドール博士」
と、リタが声を掛けたとすれば
となりに居るはずのオキシドドール博士の霊が
「なんだいリタ
私は死んでしまったが
いつでも話し相手にはなるがね」
と、云ってくれるような空間であった

リタは昔のことを思い出そうとしていた
しかし思い出せないのだ

海の音
風が身体を流れ過ぎていき
湿った手にはウエハースがくっつくのだ



アルルコールは
リタを探すことをあきらめた
どこにいるのかもわからないし
疲れてしまったのだ

アルルコールは
リタと最初に出会ったことを
思い出そうとしていた
あれはいつどこで出会っただろうかと

子供のときから
リタとアルルコールは一緒だった

オキシドドール博士の紙芝居を一緒に観ていた
ウエハースの土いじりを一緒にしていた
紫芋を二人で一緒に食べた

そんな単調な思い出を浮かべていた

アルルコールはトレドさんの家に向かっていた
紫芋を無性に食べたくなったのだ



リタは思い出したように
アルルコールのことが
心配になった
残して行ったことを自責した
きっと私を探し回って
不安になってるに違いないと思った

リタはアルルコールを探すことにした
海を臨む崖から立ち上がって出で行く時
オキシドドール博士の霊がこう云った
「冷蔵庫の中の死体が腐乱して
臭いを発するのは
まだまだ先だから
もう少し
君たちは物語を続けなさい」



アルルコールは
呼び鈴を鳴らした
トレドさんは出て来ない
かまわずアルルコールはドアを開け
部屋の中に入って行った

トレドさんが首を吊っていた

アルルコールはもう慣れた光景のように
それを無視して
視線を紫芋の入っている
大きな袋に向け
中に入ってる紫芋に齧り付いた

紫芋を食べてるときは誰でも安定するものだ
アルルコールはお腹に入るだけの
紫芋を何も考えずに
紫芋を食べることだけに頭の中を一つにさせて
ほんとうにたくさんの量の紫芋を食べた

アルルコールの思考は止まった
それはもうリタのことを思うアルルコールではなかった
葉っぱを美味しいそうに食べる芋虫と変わりがなかった



トレドさんの遺書にはこう書かれていた
「アルルとリタ
君たちは存在する
ぼくたちに夢をみせてくれて
ありがとう」


自由詩 ウエハース島の思い出 5  〜シュトゥルム・ウント・ドラング〜 Copyright よだかいちぞう 2003-09-10 12:55:01
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