ウエハース島の思い出 4  〜したがって〜
よだかいちぞう

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「したがって

ウエハース島は思い出の海に沈むのである

ウエハース島も
ウエハース島の海も
すべては思い出の断片でしかない

私や研究所の職員
島の人、子どもたちも
すべては思い出の中で生きているに過ぎず

我々は実在しないのだ



最後にリタへ

君はここに来てこのメモを見るか
誰かがこのメモのことを
君に伝えてくれるだろうから
ここに君のことを書いておく

私は
リタ君に謝りたい
君を悲しませるようなことを
してしまったことを
君と私にしかわからない
あのことを謝りたい
私は君の指示したとおりにしたまでだ
けれどもそれは誤りだった
それは君の間違いでもあり
君を生涯後悔させることだったと思う

君はいま忘れているだろうけれども
私が島が沈むことを表明したことで
気付くはずだと思う

私は研究者だから
島が沈むことを
発表することをためらわなかった
私だけの胸にしまっておくことも
できたかもしれない

けれども私は研究者だから
そしてこの島と私たち研究者と
この島の人と子供たちは

このことを知るために
存在しているものである

だからわたしはためらわなかった
いや、私はしたがったのだ



リタ、すまない」



リタはそれを読むと
外に逃げて行った

アルルコールも逃げたい気持ちだったが
なぜだかそこに居なくてはならない気がした

リタは
オキシドドール博士が
首を吊って死んでいるのを見ると

足から崩れ落ちて
それからしばらくして
排泄物の匂いのする
博士を
アルルコールと一緒に
ロープから降ろし
床に横になった博士の胸元に
しがみつくように顔を埋め
泣き崩れていた

アルルコールはその光景を見て
なぜだが予防注射を思い出した

ひんやりとした消毒液が
ガーゼで注射する腕に塗られて
針が入っていくのを見て
早く終われ
という気持ちを思い出した
早くその光景は終わってほしいと
アルルコールは思った



オキシドドール博士の
デスクの上にこのメモはあった
リタが出て行った後
アルルコールもこのメモを読んだ

デスクの上には紙芝居の絵を書くときに使う
クレヨンが蓋を開けたまま置かれていた

アルルコールは
もう一度オキシドドール博士をよく見た
リタを追わせずに
アルルコールをここにとどまらせたのは
オキシドドール博士だったような気がした

それから
研究所の職員の所へ行って
博士が死んでいることを話したが
研究所の職員は
「そうですか」といって
アルルコールがそのあと
「どうするんです?」
と、聞いても
「研究を続けるだけです」と答えた



アルルコールは研究所を出て
リタを探すことにした

研究所の職員もこの島の人も
おかしい
おかしくないのは子供たちと
ぼくとリタだけだと
アルルコールは思っていた
そして
博士となにがあったのか
知りたくてしかたがなかった
アルルコールは正直ものだったから
このとき誰かに
いまリタの安否のことと
リタと博士に何があったのか
どっちが知りたいか?
と、聞かれたら
正直にリタと博士に何があったのか
を知りたい
と、答えたに違いなかった



紙芝居何を忘れて描くのか遠い記憶とリタの思い出

したがってついえた命転がってどこに向かったのリタと一緒に


自由詩 ウエハース島の思い出 4  〜したがって〜 Copyright よだかいちぞう 2003-09-10 12:52:44
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