小詩集 別の国
嘉村奈緒

長い時間、丁寧に水切りをされた子どもたちを
洗濯ロープに干していく
きゃらきゃらと子どもたちが笑うので
ちょっとした火花が続いた
子どもたちから出たお汁は
大切に集められて牛舎へ持っていく
糧に混ぜるといい乳が出るんだと
もうこの地域では遠い年月をそう過ごしている





*






いつだって
森を燃やすこともできたし
森を増やすこともできた
何度だって
腐葉土をわけあたえることだって
たくさんの銀杏と
麦の穂を交換して
今日は薄く焼いたものを食べましょうねと
暖かい食卓を作ることだって





*






シュガー、あたしの住んでいる国は
とてもとても寒くて
湯気がそこここで立ち上る景色が一番
安心できるところ
靴を脱ぎ捨てることなんて造作ないこと
けれどもあたしたちは誰もしない
雪を踏みしめると土の鳴く音がする
それも愛せること
あたしたちの名前はとても薄くて割れやすいけれど
それだって暖かく溶けるのだから
恵まれているって、そう思うこともできるの





*






愛してた女に振られた
トランク一つで列車に飛び乗った
傷心の旅だぜ
探しちゃいけないんだぜ
傷ついたら森だ
鬱蒼とした森だ
しけた緑に飛び込むんだ
誰にも邪魔されずに孤独な俺だぜ
側に熊がいるけど孤独だぜ
とてもとても愛してた
もう帰れないんだ
粘着的な空気に身を寄せるんだ
傷ついてるし
孤独だし
熊が蜂の巣をぶち壊しはじめてるけど
おかまいなしだぜ
高らかに孤独だぜ
俺は今孤独だぜ





*






なだらかな人だった
ふうわりとした腰にはいつも春が絡まって
子供が悪戯に突付く度に
人は少しずつ死んでいくのだった





*






くるみを割った音が

近いところから少しずつ遠いところまで

響き

いつか、群れからはぐれた水鳥に届くまで







自由詩 小詩集 別の国 Copyright 嘉村奈緒 2008-06-10 19:16:44
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