客の来ない家
小原あき

郵便受けに入っていたのは
営業スマイルの葉書と
ネクタイをきちんと締めた葉書

営業スマイルの葉書を開いてみると
べりっという音を立てて
用のないパンフレットを差し出してきた
次から次へと決まった文句を並べ立て
私にはしゃべる隙がなかった
少し面倒くさくなってきたので
その葉書を読むのをやめた

ネクタイを締めた葉書を開いてみると
ぺりっという音を立てて
なんて書いてあるのか一読ではわからない
難しい文書を読み始めた
私のことをしゃべっているのに
その葉書はまるで私を見ない
少し悲しくなってきたので
その葉書を読むのをやめた



ふと、学生の頃の手紙を思い出していた
授業中、先生に見つからないように
友達に手紙を書いた
秘密をしたためたその手紙を
受け取る人にしか解読不可能な折り紙みたいにして
飛ばしたものだった

夜遅く
私が眠った頃に帰ってくる夫に
ちょっとした手紙を書く
二人にしかわからない
暗号の手紙
今夜はそれを
あの解読不可能な折り紙にして
飛ばしてみようか



夫は上手く解くことができるだろうか
私の中に少女が住む



人の秘密の味というのは
実に甘い
疲れた体には
実によく効く



書く手が心臓になる
その小さなブレを
読む方が触れるみたいにして
飲み込んでいく



どきどき



それがやめられなくて
たまに友達の郵便受けに遊びに行くのだけど
大抵、留守
携帯電話にはよくいるんだけど、な



最近、郵便受けには
友達が現れない
親戚もまったく

郵便受けに蜘蛛の巣が張っている
取る気にはなれない
まるで客の来ない家みたいだ





自由詩 客の来ない家 Copyright 小原あき 2008-06-09 15:38:53
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