昼、ネギを持った男が
いとう



男の昼はネギで始まると信じているわけでもなかろうに
君は駅のホームでネギを振り回している
君が普段ネギを買えるほどの暮らしをしていないのは
君のその身なりからすぐに推察できるけれど
駅員は遠目から苦々しく観察しているだけで
決して君を排除しようとはしない
その態度が意味することはおそらく
君が金銭授受を伴う正規の手続きによって
そこにいることを許される権利を獲得したということ
今の君には自由が約束されている
ネギを振り回す自由さえ今の君は手に入れている
他人から奇異な眼差しで見詰められる自由さえ
君は享受している
薄汚れた生のネギを食べる自由さえ
手に入れようとしている

君がそのネギをどこで手に入れたのか
それは推測の域を出ない事柄のひとつ
ホームの柱にもたれかかりうずくまり
薄汚れた生のネギの汚れを
薄汚れた君の手の甲で落とす
つもりでさらに薄汚れていくそのネギを
少しずつ
一口ずつ
君は口に含んでゆく
君の目にうっすらと涙が見えるのは
揮発する催涙性刺激物によるものか
それともまったく別の理由によるものか
それも推測の域を出ない事柄のひとつ

長い時間をかけて
君はネギを食べ終わる
駅員を含むすべての他人はすでに君への興味を失い
自分たちの職務及び生活の維持に翻弄されている
(彼らは基本的に実害がなければたいていの事象を受け入れる)
君はゆっくりと立ち上がり
食べられない部分をきちんと燃えるゴミ用のゴミ箱に捨て
そして
ホームがさらに混雑し始める夕暮れ
奇声を発しながら電車へ飛び乗る君へ
彼らは声をかけることができない
声をかける自由を奪われていることに気づかない




未詩・独白 昼、ネギを持った男が Copyright いとう 2004-07-13 18:17:49
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