森の夢ー古いボート   
前田ふむふむ

森の夢―古いボート          前田ふむふむ

     1

青い幻視の揺らめきが、森を覆い、
緩んだ熱を、舐めるように歩み、きつい冷気を増してゆく。
うすく流れるみずをわたる動物は、息をころし、
微風をすする夜に、眼を凍らせる。
昏々と深みを低める、いのちの破片が、
夜の波に転がり、静かな夢の温みへ、
動きはじめる。

     2

みずうみは、湖面を空よりも高く
持ち上げては、ひかりの眼差しを水鏡の四方にくばり、
穏やかにわたしの躰を、透過してゆく。
そのみずの透明なやすらぎに、
涙を弛めているわたしの孤独なこころよ。
今、永遠が爽やかに繋がっている。

     3

青い時間の空隙を埋めるように、
一艘の古いボートが湖岸で眠っている。
かつては、恋人たちが乗り、愛を語り合い、
親子を乗せて喜ばせただろう。
今は、打ち捨てられて
船底には大きな傷口が開いて、萎えた体液を
溢れさせている。

傷口は傷むか。悲しいボートよ。
おまえは、今日も、そこで朽ち果てたままで、
眠っているのか。

時間の一ページが剥がされて
ゆらゆらと空を舞う、
青い月を煌々と照らす夜が、翼を大きく広げて、
美しい娘がおまえに乗って、みずうみを流れてゆく。
月に導かれながら、湖面をゆっくりと弧を描いて。
時より、夜の気まぐれが、強い風を吹かせて、
おまえは、勢いよく進むが、
森の硬質な赤い血がざわめいて、風をたしなめる。
ふたたび、おまえはゆっくりと湖面を歩く。
美しい娘の、繊細な櫂の動きに合わせて。
夜のとばりが醒めるころ、
美しい娘を乗せる、白い馬がみずを飲みに来るまで、
おまえの優しい夜は、永遠を流れつづける。
過去の鮮やかなページの中で。

     4

名もない鳥が飛ぶ、
  みずの音が、わずかに聴こえる。
    みずうみは、森の靄のなかで、孤独に佇む。
       
零落する秋が、枯野にとどまるわたしに、
失われた遠いひかりを抱かせる。
目覚めはじめる朝が、指先に立ち上がり、
思わずわたしの鼓動に、微熱をあたえるが、
砕けた夢からは、寒々とした流砂が、零れおちてゆく。

美しくみずのように癒されたい。

曲折する願望は、森のいのちを刻む、
みずのたおやかな静けさを、
わたしの、冷めた呼吸のなかに浸して、
滑らかな岩を撫でる、清流の意志に身を沈める。

森の戯れとともに沈む、眠りの空は、
わたしの鮮やかな視野を、飲み込んで、
森は、夢を、もえる緑野のなかで閉じる。

   うすい陽だまりがうまれて、
鶏が、忘れた鳴き声を上げる。



自由詩 森の夢ー古いボート    Copyright 前田ふむふむ 2008-05-18 01:01:18
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