ウエハース島の思い出 2  〜LLサイズ〜
よだかいちぞう

ウエハース島の人たちは
紫芋を食べる

紫芋は皆が食べるが
紫芋を作るのは
作る人と作らない人に分かれる

作らない人は作る人の紫芋を貰って食べる
作る人は自分の紫芋を食べる

アルルコールとリタは
紫芋を作らない人の中にいる
だからアルルコールとリタは
紫芋を作る人に紫芋を貰いに行くのだ

アルルコールとリタは
紫芋をいつも貰いに行く人を決めている
けれどもたまに違う人からも
紫芋を貰いに行くこともある

「リタ、トレドさんのことがぼくは気がかりだよ
トレドさんのところに行かないか?」

トレドさんは
いつもアルルコールとリタが
紫芋を貰いに行く人で
とても大きな紫芋を作るので
ウエハース島一有名な人だ

収穫祭というのが月に一度開かれて
そこでは収穫された紫芋の大きさを
競う催しがメインイベントとしてあるのだけれど
そこでは必ずトレドさんが1位か2位に毎回なる

トレドさんが収穫祭の会場に来るとき
その場の空気がいっぺんに変わる
トレドさんが両手で抱えてくる
一際大きなLLサイズの紫芋の存在もあるけれども
それよりもトレドさん自身が
LLサイズのTシャツをはち切れんばかりに
風格をもって現れるからだ

アルルコールとリタは
トレドさんのその風格と同じ位の
包み込まれるような大きさのある性格を
気に入っていて
トレドさんと居るときは
いつも心地いいと思っている



「やあ君たちか」
トレドさんがドアを開けると
そう云って
アルルコールとリタを部屋の中に入れ
いつもと様子が違う
あきらかに気落ちしている様を
アルルコールとリタに隠すつもりもなく
体格にあわせた椅子に腰掛けた

アルルコールとリタは
想像はしていたけど
実際気落ちしているトレドさんを見ると
今書き終えたレポート用紙を
一枚めくって
真っ白のまだ書かれていない用紙が
見えたときのような気分になった

リタの浮かれていた気持ちも
ここでは25mプールで潜水している

「なにがあったんですか?」
アルルコールはリタと同じソファーに座りながら聞いた

「この紫芋を見てくれ」
テーブルに置かれた紫芋を指差して
トレドさんは云った

テーブルに置かれた紫芋は
少し見たくらいでは
なにもいつもの紫芋と変わらない気がした

アルルコールがためらっていると
リタが紫芋を手に取って
よく観察した

「トレドさん」
リタは云った
「なにも変わったことなんてありませんよ
この紫芋がどうしたんですか?」

「君たちにはわからないのかい?
変わってしまったんだよ
島が沈むと解ってから」

アルルコールは云った
「説明してください
ぼくたちに解るように」

「説明、説明なんかではわからないよ
感じるんだよ
君たちにもいずれわかる」

リタはおもむろに
紫芋を食べ始めた
トレドさんに見せつけるためだ

「やめるんだリタ!
そんなもの食べたらいけない」
トレドさんは少し怒鳴るように云った
普段のトレドさんには見られないことだ

リタはそれに応戦するつもりはない
という表情を見せながら云った
「トレドさん、安心してください
この紫芋、いま私が食べました
なにも変わっていません
味もいつも食べてるトレドさんの紫芋です
島の人々がおかしくなっても
トレドさんはおかしくなることは無いですよ
おいしい紫芋です
どうしたんですか?
なにを感じるというんです?」
そう、リタが話し終えると
トレドさんは黙ってしまった

「ぼくたちトレドさんが
島の人たちみたいになってないか
心配して来てみたのです」
アルルコールがそう云うと
トレドさんは「ありがとう」と云った
それからこういった
「すまないが、一人にしてくれないか」

アルルとリタは部屋を出って行った
なるべく音を立てずに出た方がいい気がしたので
トレドさんには何も云わずに出て来た



「アルル、遂に壊れて来たわね
トレドさんまで、
ほんとおもしろくなるわ」

潜水をしていたリタの浮かれていた気持ちが
ゆっくりとまた水面に顔を出した

アルルコールは云った
「リタ、君のこと好きだよ」


自由詩 ウエハース島の思い出 2  〜LLサイズ〜 Copyright よだかいちぞう 2003-09-08 13:14:18
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