バッカスについて
海野小十郎

バッカスについて

 ある日展覧会で奇妙な絵を見た。バッカスと題する絵である。中年過ぎの上半身だけ裸の小太りの男の絵。ダンディとか洒落とかいうところは少しもない。そして思ったこれこそバッカスだと。フランドルかあるいはバルビゾン絵画展であったように思うが、わたしもこれといって秩序もなく、絵を見るのだから、或るときには若冲や大観をゴッホを見、ある時には場末の小さな画廊で思いにふけることもある。といった具合に絵なら何でも見てやろうと言うわけだ。
 とにかくそのバッカスの絵がいっまでも心に残る。今日も教会に出席してヘブライ書の講演を聴きながらこのバッカスの絵について、思いはめぐる。ヘブライ人への手紙も使徒パウロの傑作といえる書簡だが、不心得にもわたしはキリスト教から遠く離れて酒神バッカスのことなど考えている。別にヘブライ人への手紙が気に入らないのじゃない。
 ヘブライ書は幾度も読んだ。今でもなおへブライ書はわたしにとって新鮮であり示唆に富み芸術の香りも高い。しかしギリシャ神話も見逃せないのではないかとも、少年のころ読んだ幼少向け「ギリシャ神話」がとても印象に残り続けている。
 さて、そのバッカスの絵であるが。思うことは、誰かバッカスのことを真剣に考察する人であれば、こんなバッカス像を描き、そこへバッカスについて思い巡らす人が来て見るならば、わたしのような感慨を得て、いやこれこそバッカスだと考えたであろう。だがこの絵が誰が何時描いたものかも注意せず。だが絵だけは今もまざまざと思いに浮かべることができる。もし誰が描いたか何時ごろのものか知っている人があったら教えて欲しい。


散文(批評随筆小説等) バッカスについて Copyright 海野小十郎 2008-03-12 07:47:13
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