ぼくの生命線
石川和広



母方の父は
南方戦線の
密林にいたそうな

ぼくはまだ行ったことのない
亜細亜の
異国
木の香り
空気に含まれる水
そして
祖父の流した血のにおい
今はかんじられないことばかり

うふふ
うふふ
だけど祖父のかおり忘れたけど
染みついたぼくの眼の奥の
絵になる男だった

ぜんぶ夢の中だけど
覚えている
消えることのないつながりの賛歌

うたに聞き入っていると
居間に父が帰ってくる
どうしても
「おかえり」が云えない夜だったんだ
悪いとは思うけど素直になれないんだわ

こまった、



一緒にいても
バッターボックスに父が立ち
ぼくはマウンドで
プレートに立ったまま
18メートル離れてる
土のグラウンド
おかしいな、ここ畳の部屋だよ

僕が変な感覚?
やっぱり勝負?

ものすごい暴投投げても
父は芯で捉えて
僕のグローブに硬球を打ち返すんだ
グローブが飛んで
手が痺れて
じーんと
熱くなって
もうだめだとも云えないくらい
震えて立ちすくんで
来年定年の
父なのに
本気バリバリで、、、
もう玉ですらない魂を
投げてしまうぼくの、ぼくの、

たすけてくれたすけてくれ 父なるもの
父の、乳の、地地の、何だろう
何なんだろう


ひとり行きつけのジャズ喫茶に逃げる
イタリア仕込みのすてきな手つき、なのに関西弁
熱いコーヒー 時にぼくのかたまりをほぐす


祖父は、密林で左胸に弾丸を受けたそうな
胸ポケットの小銭入れが
いのち助けたそうな

ぼくは今夜胸ポケットのない
セーター着てる 


あっ
ズボンにも
ポケットあるや

???

お尻のポケットから財布を出して
小銭をはらって家に帰る
やれやれ


自由詩 ぼくの生命線 Copyright 石川和広 2004-06-29 18:57:34
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