てるてるぼうず
亜樹
ザアザアと雨が降つておりました。
ゴンと居間の時計が十参度鳴り響きます。
その家の主人は、ごろりと横になり、なにやら難しげな洋書を読むでもなく、つらつらと眺めておりました。
――今日はお出かけにならないのですか。
甲高い声がします。
――馬鹿を言へ。
本から目線を上げることなく、主人は言ひます。
それつきり、何を言ふでもありません。
ザアザアと雨が降つておりました。
あんまり長く降るものですから、なにやら次第に滅入つたやうな気分になります。
――おい。
今度は主人から声をかけます。
けれども、細君からの返事はありません。
――おい、聞こえないのか。
主人は読みかけの洋書をばたりと閉じると、重い腰を起してのそのそと台所をのぞきました。
見れば、細君は台所の薄汚い板間にへたり込んで、ぼんやりと手にした縄を眺めてゐます。
――おい、何をしてるんだ。
そこで漸く細君は主人が声をかけてきたのに気づいたものか、のつそろと顔を向けました。
その視線はなにやら妙にぼやけてゐます。
――何をしているんだ。
――ああ、貴方、すみません。いえね、どうにも雨が降るものだから。
確かに雨は止みません。
ザアザアと降つています。
――ちょっと、首でも吊ろうかと思つて。
ザアザアと雨が降つておりました。
あがるころには、七色の綺麗な虹が見えるでせう。