彼等のためのソナタ(香りつき)
千月 話子

  「オルガン」

オレンジみたいな涙を流すから
いつも泣かされてばかりいた
優しいね
キミは唇を頬に寄せて
流れる柑橘涙を上手に受け止める

夏の子供用プールはレモンの匂いがするね
キミからは 桃の匂いがしたよ

ボク達は手を繋いで ゆらゆら浮かぶ
暖かいね 今日の空
太陽の日差しが背骨を伸ばす
 充満した果汁が手の平から零れ落ちた

キミの目が きらきらして
ボクの柑橘を掬い取る
世界一甘酸っぱい水しぶき

独り占めして 独り占めしてさ
キミ一人だけ綺麗になっていく



 「フルート」

校庭の隅にある藤棚は
塗り替えられて 真っ白
薄紫の小さな蝶たちは
何処に 消えて行ったのかな

五月には この棚を住処にして
綺麗に並ぶ香り良い花 蝶よ
真上でいつも誰を待つの

藤棚の下で歴史の教科書を開く少女
指先は日本史のページへとさらさら動き
花々が ふさふさと揺れて
花びらがひとつふたつ落下して 付箋紙

一房を砂糖水で煮詰めて作った 甘紫
一枚一枚口に運んでは 
微笑む 黒髪の少女よ
千年以上も昔 ここに居て
文机の上で 何を詠むのか

藤の花は 少女の連なり
時を旅したいのなら
此処へ来ると いい



 「ヴィオロン」

「は」はガラス窓の為のレクイエム
伝えたいなら 伝えてあげるよ

君の好きな窓の住所を聞いた
ブルーベリーガムの甘い息
曇りガラスに丸い文字
数秒したら消えてしまうし
何度でも「は」と言うよ

君の想いが伝わればいい
何度でも 何度でも

寒い朝 窓ガラスには
昨日書いた住所が半分
この窓にも あの窓にも
ボクの好きなカノジョの四角い窓にも

深い想いが少しずつ浄化していく

水蒸気は とても甘い香り





自由詩 彼等のためのソナタ(香りつき) Copyright 千月 話子 2008-01-26 00:11:05縦
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