死とか臨界とか循環とか
小原あき

途中だった思案を開いてみる
また白紙になっていて
今日という日があるのはそのせいだ
記憶なんて信用できないもので
記録のほうがあてになるかもしれないと
毎日、一頁ずつ
日々を書き留めていても
翌日に白紙になることは
どうしようもないことだ
書き留めたものを読み返さずに
続きを書き留めて
手に残すことが
酸素を吸うことの次に愛しいことで
この手に感じた冷たさを
白紙の思案に書き留める


***


消えることはない
生まれるものもない
何処かから来て
何処かに行ってしまうだけだ
あるいは形を変えて
そこでそうして
急なことで困惑した顔を
眺めているかもしれない
落ち着かなくてはいけない
こちらも形を変えて
それと対等に再会した時
動揺しないようにしなければならない
なるべく長持ちするように


***


髪の毛一本が痕跡に成り得るとしたら
あとは全て移動させてしまおう
居場所を変える旅に
少しずつ落とし物をしたなら
なるべく長く出ていられる
途中で素っ裸になったら
寒くて仕方がない
寒ければ何かと共存して
暖まったら離れよう
行くあてなんて無いのだから
それらを楽しみにしていれば
嘆く暇なんて無い


***


流した涙は水で
水分は明快だ
流れるだけ、凍るだけ、蒸発するだけ
水分から見たこちらも明快だ
流れるだけ、凍るだけ、蒸発するだけ
時折見せる雪は、霰は、雹は、霙は、雨は
水分の少しずつの落とし物だ


***


先程まで鳴いていたのは
雛鳥だったか
親鳥は形を変えてしまったに違いない
嘴に運ばれる明日は
そう長くは続かないかもしれない
だけど、嘆かないほうがいい
もし亡骸を手にしたら
その冷たさは何処かに形を変えて
暖かみを与えているはずだ
対等になった親子は
嘴の感触を互いに求め合うだろう


***


読みかけの本をめくり
困惑するほどに読書をしていない
続きの頁がわからずに
めくったり戻したりを繰り返している
だけど、本当はどの頁も
白紙ばかりで
これを書いたのはこちらではないのに
そちらの記憶も信用できなくなる
それは酷く寂しいけれど
きっとそれは当たり前のこと
そうして少しずつ
こちらとそちらが離れていく


***


外では雪が始まった
白紙みたいな空が
思案の続きを求めている








自由詩 死とか臨界とか循環とか Copyright 小原あき 2008-01-19 13:56:26
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