シャドー・ダンサー
恋月 ぴの

壁打ちテニスが流行っていた
とある場所がある
心に描いたネットの向う側へと
誰もがひたすらにラケットを振った
放物線を描き跳ね返ってきた球を
時が経つのも忘れ打ち返した

街灯の明りを背にラケットを振った
振り払うべき何かがあったのか
無かったのか

再びその場所を訪れてみた
冬の夜空はある種終末観を漂わせ
何も隠すもの等残ってはいないとばかりに
けれんみも無く輝く星星は
見え透いた嘘を付いているように思え
氷のナイフで喉を掻っ切るチャンスでも窺っているのか
乾いた打球音に替えて響き渡るのは
ラジカセから流れるダンスミュージック

オーバーハングした壁が崩れ落ちる
その境界のあたりで
何人かの若い男女が壁に向って踊っていた
振りをあわせ
息をあわせ
一心不乱に踊っていた

壁の向う側に在るべきもの
それは
ラケットを構えた顔の無い男の姿であり
ステップを踏む観客達の姿でもあり
誰一人として他者との関わりから逃れること等出来ないのだと
踊り続ける彼等の影は長く延び

壁の向う側から放たれたボレーショットを
打ち損ねた鈍い感触が右手首に甦ると

使い古しのテニスボール
ひとつ
上弦の月に向ってポコンと跳ねた



自由詩 シャドー・ダンサー Copyright 恋月 ぴの 2007-12-30 18:50:48縦
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