十二月の手紙 デッサン
前田ふむふむ

ひかりの葬列のような夕暮れに沈む、
クラチャニツァ修道院のベンチに凭れる、
白いスカーフの女の胸が艶めかしく見えた。
捲り上げられた白い腿は、悲しげにも見えた。

わたしの少し疲れた掌のなかから、
厚化粧の旗に見つめられて、バザーが眼を覚ましている。
黒い衣装に覆われて、寂しい息の群が、
地を這っている喧噪のなかを、
針のような無言が、からっぽになっている、
わたしの胸を埋めている。

聖地ブリシュティナのなまり色の空に、
吊るされた透明な鐘は、血の相続のために鳴り響き、
ムスリムの河の水面に溶けている。
もうすぐ雪が訪れて、
大地の枯れた草に泣きはらした街は、鐘の音を、
しわの数ほど叩いた鐘楼の番人ごと、凍らせるだろう。

眼を瞑り、もう一度、掌を開くと、
中央の広場が、犠牲の祭りを咲かせている。
編物のような自由という言葉にかき消されて、
白いスカーフの女は、二度と姿を見せることはないだろう。

・・・・・
愛するあなたへ。
十二月は凍えるみずうみのようです。あなたは、自由という活字の断片の洪水によって、固められた海辺で、打ち寄せる波と、波打ち際を吹き渡る、よそいきの服装を、今日も屈託のない笑顔で、はおっているのですか。あなたがくれた高揚とした朝の、青く広がる鳥の声は、砂漠のように霞んでいます。振り返れば、せせらぎは見えなくとも、胸の平原を風力計の針を走らせるように、わたしはわたしらしく、みずの声を聴いたことがあっただろうか。便箋に見苦しく訂正してある、傷ついた線は、言葉を伝えられなかったわたしです。夕立のなかを往く傘を持たない、わたしの冷たい両手です。吹雪のなかで、泣き叫ぶ手負った鶴のように、震えるうすい胸は、春の瞳孔に浮ぶみずうみを求めているのです。

・・・・・
いつまでも、同じ色の遠い空が、静かにわたしを見ていた。
某月某日、正午。
砂煙をあげて、豊かな日本語の柄を刻んだ小型ジープが、
四つ目の浅い川を渡った。
果てしなく続く白い三角形の箱の群を、
少しづつ裂きながら、すすむ。
背中から逃げてゆく、均等に区分された灌木の平原。
後方から前へと滑らせながら追うと、
わたしの眼を、息絶えたふたりの幼児と自由を抱えて、
狂気する娼婦のような女の、
凍る眼差しが、突き刺した。
女は、泥水を浴びているのか。服が白い肌に食い込んでいる。
わたしは、気がつかなかったが、
驟雨が車体を叩きつけている。
霞みながら、道はおぼろげに、体裁をつくり、
また、壊して、そのなかから、つくられてゆく。
やや、不眠のためであろうか、目頭が重い。
先にある、なつかしい国境は、いのちを失い、
絵具のように流れている自由は、
女が辿った靄に煙る地平線のむこうまで、
続いているのだろう。

・・・・・
追伸。
まもなく、帰ります。
あなたの青い空をみるために戻ります。あなたが熱望した、瑞々しい山々は、荒れたローム層の水底に沈んでいました。そちらでは、あなたの、あの澄んだ空は、今日も、一面、青々と見えましたか。


自由詩 十二月の手紙 デッサン Copyright 前田ふむふむ 2007-12-12 19:29:50
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