風船
虹村 凌

オレンジ色の太陽が
真上から覗き込む
とても明るい駅前広場で
足の長いおじさんは
子供達に風船を渡していた
沢山の風船に
その足の長いおじさんは
今にも飛ばされそうで

まるで味がしないかのように
缶コーヒーを飲み干すと
面白くなさそうに
そのおじさんを眺めたまま
銀色のケースから煙草を取り出して
金色のライターで火をつけた君を
黙ってみていたんだ

「小さい頃は風船で空を飛べると思っていたわ」
君は突然に微笑んで言った
「あの子達も、きっと風船で空を飛べると思っているわ」
赤い口紅がうっすらとついた煙草のフィルターを
僕の目の前に突き出して言った
「吸わないの?」

子供達は風船を手にジャンプを繰り返す
無邪気に空を飛べると信じ込んでいるのだろう
それが彼らの仕事なのだから

「きっとあなたは
風船で空を飛ぶ詩を書いたでしょう」
僕が手を伸ばさないでいた煙草を
君は再び口元に戻しながら言った
僕は黙ったまま
風船を渡し続ける足の長いおじさんを眺めている
「風船で空を飛ぶなんて
とても素敵で詩的だものね」
彼女はまっすぐ前を向いたままで言う

詩人はペンを手にノートに書き込む
純粋に空を飛びたいと願いを込めながら
それを叶えるのが自分の仕事だと信じて

君は煙草を空き缶の中にしまうと
それを僕に手渡して少しだけ微笑んだ
「ねぇ 本当に風船で空は飛べるのかしら?」
足の長いおじさんを眺める僕の視線を遮るように
まっすぐに僕の目を覗き込みながら言った
「さぁ」
僕は少しだけ視線を逸らせて肩をすぼめる
「あなたならきっと
風船で空を飛ばせてくれるわよね」
君は自分の指にくちづけると
その指を僕のくちびるにあてがった

気付くと足の長いおじさんはいなくなっていた
空を飛んだのだろう


自由詩 風船 Copyright 虹村 凌 2007-11-30 15:36:42
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