白い夏
前田ふむふむ

優しい国のふもとでは、
テレビのなかで、パソコンのなかで、
夥しいテントが並べられている。
積み木のような高層ビルの森の透き間を埋めて、
資本家の設計した本土総力戦を生きた、
こころに赤い傷口をもつ難民が、零れている。
300万の静脈管の群。
傷口は、小さな声のため息から、
石のような細胞まで、冷房に浸り、
爽やかに振舞うイデオロギーで着飾った、
白い肖像たちのいる街を、
うつむきながら列をつくり、
眼差しは、語れない言葉を胸腺のおくに、
熔かして歩いた。
ハローワークは、検閲に針の穴も通さず、
変色して朽ち果てている、
警視庁特別警察部の旗がふられて、飴と鞭がつづき、
難民は、ひかりを求めて、
小さなコーヒー店に集う。
       「コーヒーは、処方箋にしたがい、
                  正確にお飲み下さい。」

遥かに、また深く、
一面、青さが滲みこんでいる空に、
瀑布が、崩れるように流れた。

・・・・・・・・・

羽虫が練磨された床を這うように飛ぶ。
遥かに硝子張りの天井まで広がる自由は、
採光を惜しみなく享けている。
低い翅を鳴らして、
此の儘でいたいと、
わたしの切りたつ葬列が、耳元でつぶやく。

聡明な白い肖像のような人々が行き交う、
新宿の交差点を隠れるように歩いた記憶。
眼を突き刺す若々しい空気が、
全身の汗腺を塞いでいた。

床が近くに見えるから、わたしは迷わずに、
ひかりを追うことができるのかもしれない。

冷房の送風音に気付いた。
無音を押し倒して、日常が顔をあげる、
擦れた機械音は、泣き声のように全身を覆い、
ひかりが降りそそぐ静かな幻惑をかき消していた。
眠りだす彫刻のような世界。
自由も、帰るべき場所を失って立ち尽くす。
限定されていた名前たちが墜落して、
眼球のなかに押し寄せる。
鬩ぎあう文節。止まらない句読点。

剥きだした意識の底辺から、
逃れるように、羽虫が、散らばる大理石の破片を、
垂直に翔けあがる。
視線は、ふたたび、閉じられて、
立ち上がる白い肖像たちに震えている。
鼓動が、高鳴り、なつかしさで充たした死者の声を、
寄せ集めてきて、見慣れたあわい岸をつくる。
ささやかな孤独な落ち着きが、幸福であると、
地球儀を傍観するように、
わたしは追想する。

昼が、わたしの凭れる白い壁に、慣れてくる頃、
刺すような若い声に店は、溢れかえる。
赤面して孤立した手で、わたしは耳を覆うと、
  62万の落葉が漂う運河、
花を咲かせなかった落葉の群の流れる音が聴こえてくる。

仄かに浮んでいるニート救済政策案は、
  地響きを上げて、白い夏のひかりを浴びて、
製薬会社の管理した病棟のイスが、
あてがわれる。
止まっているイス。
そのイスに、マスクをした白い肖像のような店員が、
マニュアル通りの注文を取りつづける。
「あなたの苦しみや憂鬱を消してくれる、
         コーヒーは、いかがですか。」
果てしなく続けられる救済。
     積み上げられる錠剤の山脈。
若い声の肢体に、ひとりひとり消印を押していく。

白い肖像が、わたしに声をかける。
「ご注文のコーヒーは、
       自宅の鍵を掛けた部屋にお届けしますか。」
「いいえ、わたしは、家族と流通が良いので、
ここで頂こうと思います。」
   「コーヒーは、副作用に注意して下さい。
           五杯まで、おかわりは自由です。」

大きくかたむく燃える空の下、
新宿の交差点は、荒れ果てた無人の声を、吹き上げている。
使われなくなった傘の群を、隔離病棟に閉じ込めた選挙ポスターが
         ふくみ笑いをしている。

午後のひかりは、放物線を描いて、卒なく、
わたしの荒寥とした身体を、四方から照らして、
暖めている。
わたしは、コーヒーを飲み、けだるい香を味わう。

いつの間にか、通り雨が、頬をつたい、
寂しく羽虫が、イスに、
いつまでも止まっている。




自由詩 白い夏 Copyright 前田ふむふむ 2007-11-03 06:33:39
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