黒い川の流れ
恋月 ぴの

この橋の下には
黒い川の流れがあったはずだ
すべてを押し流そうとした
鉛のように重く黒い川の流れが

燈篭流しの燈篭が流されていった
誰かが投げ捨てた麦藁帽子は橋桁で朽ち果て
パンパンに腹の膨らんだ豚の死骸が流されていった
またあるときは
沈みかけたみかん箱にしがみつく子猫数匹
遠く満月に向かってにゃあと泣いていた

橋の欄干から身を乗り出し暗闇の底を眺めてみれば
無惨にも自転車一台
あの嵐の晩に流されてきたのだろうか
誰が乗っていたのだろうか

身投げしたおとこのすべてが流されていった
恋に破れたおんなの夢が流されていった

暗闇の底からラッパの音色が聞こえてくる
ト〜フ〜
ト〜フ〜
あれは豆腐屋の自転車だったのか
荷台に乗せた白い豆腐が暗闇の底に薄っすらと浮かびだした

この橋の下には
黒い川の流れがあったはずだ
何処から流れでて
何処まで流れゆくのか
誰ひとり知るものの無い黒い川の流れが




自由詩 黒い川の流れ Copyright 恋月 ぴの 2007-10-30 19:31:17
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