空き缶
虹村 凌

シリカゲルの砂浜に打ち寄せる波間に
ひとを仕合せに出来る鐘が見えた気がした
それは瞬く間に沈んでしまったけれど
少しだけ笑顔を取り戻したカモメのジョナサンが
何かを叫んで実家に帰ったんだ
眠くなるような早さで
風が肩の上を通り抜けていく

「人間は地球の癌細胞みたいなものだけど
同時に宇宙のスパンコールみたいだと思うよ」
何時だかジョナサンは言っていた
「明るすぎてよく見えないのなら
世界を黒いカーテンで覆いつくしてみればわかるよ
重たいビニール袋をぶら下げる主婦ポエム
オッサン仕事帰りレクイエム
路上のギター弾きレジェンド
電信柱に隠れて見えない女子高生ブルース
ほら見えただろう?」
ジョナサンは唇だけを動かして言ってたんだ

懐かしい映画みたいに写る昔の日々は
どんどん色あせて白黒に近づいていく
あの頃の太陽にはヒビが入っていて
あの頃の月はもう砕け散っていて
今にも飛び散りそうだった自分自身は
何がなんだか思い出せない
でもあの頃は
ジョナサンが飛んで行く方向には
あんな高いビルは建ってなくて
季節は狂いなく変わって
何時も新しい冬がきてた

どうしたらイカした人間になれる?って聞いたら
「世間が平和になったら詩人は飯の食い上げだぜ」
ジョナサンは煙草を咥えたままでこんな事を言ってた
「無責任が止まらないんだろうけど
無責任が止まったら詩人なんてやってらんねぇ」
煙草に火をつけずにまっすぐに目を見てこう言ったんだ

浜風が強い日はジョナサンは煙草に火をつけない
煙草の煙は風になびいて
後ろに過ぎ去ってしまうから
「後戻りなんてありえねぇよ
どこかの民族じゃ背後に未来があって
目の前は過去らしいけどさ」
フィルターは噛まれて折れ曲がっている
それでもジョナサンは煙草に火をつけない
「俺達の声はこの浜風にかき消されても
間違っちゃいないんだぜ」
ジョナサンは壊れたライターを海に向かって投げた

誰もがポケットの中に安心を隠し持っているから
爆弾が落っこちた時でも天使達は歌わない
そしてジョナサンも僕も
ナイフを持って立ち尽くしてるばかり
「ジョージブッシュみたいになってやろうぜ
ビンラディンみたいになってやろうぜ」
ジョナサンは小さな声で呟いたんだ

「失うのが怖いから最初から望まないようにしてきた」
何万人もの絶叫現代人が間違ってる筈が無い
なんて真面目に呟いて笑い転げた
ジョナサン
侵食された時間を貪るように眠る
もしも正義によって裁かれて
サービスエリアの女子便所の列みたいに
長く長く罰せられるなら
ジョナサン
甘んじて受け入れるけど
ジョナサン
誰も裁けやしないなんて嘘だったね


ジョナサン!
君の事を笑う奴が豆腐にぶつかって死んだんだ
ジョナサン!
気違い扱いされた夜がいつの事か思い出せないよ
ジョナサン!
昨日に何が見える?昨日に何が出来る?
ジョナサン!
国民年金で見栄も吹っ飛んでしまったよ
ジョナサン!
無知と偏見で何人殺してしまっただろう?
ジョナサン!
ジョナサン!
ジョナサン!

街を埋め尽くす勢いで膨れ上がる邪な愛の夢に耐え切れず
この浜辺に来たはいいけれど
結局は羨んで空き缶を投げる
群れていた雲は少しやつれて
背中に激しくぶつかる太陽が怖くなる

ジョナサン
偉そうな詩人の言葉がいつも絶対じゃないと言うけれど
ジョナサン
真冬の夜中を握り締めて
何か別の答えを見つけるよ
誰の声も届かない
何か別の答えを見つけるよ

放り投げた空き缶が溺れたみたいに沈んでいく
溺れているのは余計な物の海だろうか
遠くで誰も乗らない電車が通り過ぎる

灰色の夜明けの前を
ただ黙って歩き抜ける


自由詩 空き缶 Copyright 虹村 凌 2007-10-18 13:46:56
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