Arisaema serratum
佐々宝砂

美しい毒の娘は嘆息する。
夢想のうちに語られた毒の娘は、
夢想なのであるから、
ありえぬほどに美しい。
毒の娘が生まれ育った園も美しい、
毒の花園に咲き誇る、
白い鈴を垂らすPieris japonica,
Convallaria majalis,
華やかな黄色はCytisus scoparius,
白にピンクに咲き揃うNerium indicum,
毒の天使のトランペットはDatura metel,
そしてすばらしい赤紫のDigitalis purpurea,

けれど毒の娘がとりわけ愛するのは、
ごくごく地味な花だ。
その茎は蛇の鱗に似たまだらの紋様、
その葉は濃緑、
毒々しい黒紫の縦縞の花は、
鎌首をもたげる蛇のかたちに開いて、
その地獄に虫が堕ちるのを待っている、
おのれの栄養にするためにではなく、
ただおのれの受粉のために、
この花は虫を殺す、
そして毒の娘はこの花を愛して口づけする、
Arisaema serratum と呼ばれるこの花に。

毒の娘は再び嘆息する、
この世にもあの世にも毒など存在しないのだと、
ただ物質が存在するだけなのだと、
それら物質が、
人間にさまざまな作用をもたらすだけなのだと、
毒の娘は知っている、
夢想のうちに語られた毒の娘は知っている、
毒の娘である自分は、
本当のところ、
毒の娘ではない、
娘ですらない、

子をなすことはもちろん、
恋しい人に口づけすることもかなわず、
存在することすらなく、

毒の娘は嘆息する。
存在すらしない、
夢想のうちに語られた毒の娘は、
おのれが生まれ育ったと語られる毒の花園で、
子をなすために虫を殺すArisaema serratum に口づけて、
静かに消えてひととき休む、
またどこかの孤独な男が、
毒の花園に住まう毒の娘を夢想するそのときまで。







自由詩 Arisaema serratum Copyright 佐々宝砂 2007-09-04 03:01:16
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