Dead or Smoke 〜逃亡者〜
虹村 凌

どれだけ走り回ったのか、最早わからない。
喉の奥から、ヒューヒューと変な音がする。
脇腹が悲鳴を上げ、自然と足が止まる。
「ゼェゼェ…まいたか…?」
後ろを振り返って見るが、人の追ってくる気配は無い。
「やれやれ…」
何処まで走ってきたのかわからないが、
どうやら何かの工場らしい。
胸ポケットから煙草を取り出す。
何回目かで、やっと火がついたジッポに、
そろそろ限界を感じる。
深く吸い込んで、大きく吐き出す。

ビービービー!
『喫煙者発見!喫煙者発見!』

突然に警報機が鳴り出した。
クソッ、こんな工場にも警報機が…!
後ろの方から、「追跡者」達の足音が聞こえる。
冗談じゃない、まだ一口しか吸ってないってのに…!
俺はもう一口大きく吸い込むと、
急いでもみ消して、そのまま胸ポケットに突っ込んだ。
足を引き摺るように走り出す。
畜生、何でこんな事になったんだ…!

−−−

2019年、煙草喫煙禁止法が成立した。
国民の過半数の支持を受け、それは用意に両議院を通過。
史上最速の成立と実施だった。
街角から煙草の自動販売機は撤去され、
コンビニからも煙草は消え去った。
小さな煙草屋は全て強制的に閉店させられ、
代わりにアロマオイルを売らされた。
隠れて煙草を販売していた業者は片っ端から逮捕され、
実刑判決を喰らったまま、未だに塀の中から出てこない。
また、即座に「流動煙感知器」が全国に設置され、
隠れて煙草を吸う事もままならなくなった。

喫煙者は、それだけの理由で職を失い、
時には街からも追われた。
喫煙者達は団結し、新しい街を作ったが、
嫌煙家や非喫煙者達の過激派一派に迫害され、
その小さな街は次々と破壊されていった。
喫煙者達が行き着いた先は、未開の土地、
いわば日本のフロンティアであった。
独自に栽培した煙草の葉で、細々と煙草を作っては吸う。
おそらく、ここが最後の聖地となるだろう。

だが、その聖地すらも危ぶまれている。
家族や恋人、職欲しさに禁煙を決意した者達は、
喫煙者の集まった街(流煙街)を出ようとするが、
流煙街を守る為に築いた塀は高く、
容易に街を出る事は出来ない。
門番に煙草や金を渡して逃げる者が続出して以降、
門は堅く閉ざされ、今は誰も出入りが出来ない状態である。

そんな中、俺の親友が、この町を脱走した。
壁を越えたか、地下から逃れたか。
どちらにせよ、即座にこの街から探索者が追うだろう。
この街の抜け方を知っている者を、
生かしておく訳にはいかない。
嫌煙過激派の襲撃をうける事にもなる。
この街の秘密を知っている者を、
生かしてはおけないのがこの街の掟だ。

俺は、彼に遅れる事数ヶ月、
ようやく自宅の底を掘り進み、この街を出る事に成功した。
あいつが何の為にこの街を出たのか。
その理由は知らない。
ただ、俺はあいつともう一度煙草が吸いたい…。

−−−

何の手がかりも無く探し回って、もう3週間経っている。
そろそろ手持ちの煙草が切れる頃だ。
街を出たばかりの頃は、
警報機に引っかかったら直ぐに煙草を棄てていたが、
今はそんな余裕も無いし、後悔すらしている。

嫌煙過激派の中でも、かなり危険な部類に入る
「喫煙者死刑論者」達で結成された「追跡者」達に、
何度も殺されかけた。
畜生、煙草が犯罪になっちまうとは…。
犯罪になる前、煙草は1箱1500円にまで値上がりした。
それでも、煙草が吸えるだけマシだった…。
犯罪になるとは思いもしなかった。
どうにか「追跡者」を振り切った後、
周囲に警報機が無い事を確かめて、再び煙草に火をつける。

その刹那、遠くに見覚えのある人影を見つけた。
あいつだ…!
俺は思わず駆け寄った。
「峰男!」
その影はビクッとした素振りを見せ、後ずさりを始めた。
「俺だ!星男だよ!セヴンだ!」
俺は叫びながら走りよった。

峰男は「追跡者」の攻撃を受けて、満身創痍の状態だった。
長くは無いだろう。
俺は煙草を取り出すと、峰男の口に突っ込んでやった。
「おいセヴン、これは何だ?」
「あ?決まってんだろ。七星だよ。」
「ちッ…娑婆い煙草吸ってんじゃねーよ。
 男は黙ってピースだろ!」
「うるせぇ。貰い煙草にケチつけんな!」
やっとの事でライターに火がともる。
しかし、ジッポの芯が飛んだ音を聞いた。
「あー、やっちゃった。」
「もうしばらくは、火が無ぇや。」
二人で、黙って煙草を吸っていた。
言葉は要らない。ただ、二つの煙が立ち上るだけだった。

どのくらいの時間が経ったかわからない。
二人の周りには、チェーンスモークによる吸殻が、
数本転がっていた。
俺が「帰ろう…」と言いかけた刹那、
突然に例の警報機が鳴り出した。

「何だとッ!近くには無かったはずだッ!」
「おい見ろ!あの鳥、警報機背負ってるぞ!」
「何ィィィィィィイイイイッッ?!」
峰男が指差した先にいる鳩は、小さな警報機を背負っていた。
畜生、平和を運んでくれるんじゃねーのか!
オリーブでも加えてろッ!

俺は急いで立ち上がると、峰男を抱えて移動を始めた。
「セヴン…俺の事はいいから…お前だけでも…」
「馬鹿野郎!帰って煙草吸うって…」

言い終わらないウチに、後ろからスポットライトが当たる。
「フハハハハハハ!喫煙者を見つけたぞ!
 ただちに拘束!抵抗する場合は殺害も許可するッ!」
「追跡者」のリーダーらしき男の声が聞こえる。
多くの足音、殺気立った気配、重火器の音も聞こえる。
「ヘヘ…火種にゃ困らなそうだぜ…」
峰男は少し笑った。
「吸うまで生きてりゃいいけどな」
俺はまぜっかえす。
「おい、1,2の3!で逃げるぞ。光とは逆方向だ。」
峰男が真剣な顔をして言う。
「お前…走れるような…」
「少しくらい走れるッ…!」
「追跡者」達が、ジリジリと迫ってくる。
「1…」
煙草を大きく吸い込む。
「2の…」
煙を吐き出す。
「3ッ!」
俺は思い切り地面を蹴り飛ばすと、全力で駆け出した。
…が、峰男がついてくる気配が無い。
振り返ると、峰男はその場に立ったままだった。

「峰男ッ!」
「止まるな!走れッ!」
「馬鹿やろ…」
「ここは俺が食い止める!お前だけでも…」
「ふざけんな!一緒に帰る貯めにここに…」
「お前は帰れ!そして世界を変えろ!
 禁煙を犯罪にするくらいに、煙草を世に広めるんだ!」
「峰男…」
「フン…七星も、悪くない味だったぜ…」
「峰…」

ダダァン!
銃声が聞こえる。
畜生。

***

みたいな映画撮りたい。
眠いので、細かい設定を書くのが面倒だ。
もっと練りこめる。自分で脚本を書こう。
ふふ…。

…実際にこうなりそうな勢いだがな、今の日本は。


散文(批評随筆小説等) Dead or Smoke 〜逃亡者〜 Copyright 虹村 凌 2007-08-12 03:40:48
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