夏列車
銀猫

真夏の陽炎の向こうから
短い編成の列車はやって来る

そのいっぱいに開かれた窓から
ショートカットの後ろ姿が見える

列車の外から
車両の様子は
ありありと伺えて
制服の脇に置かれた紺のかばんや
朔太郎の詩集をめくる音さえ
微かに耳に届く

(泣いている)

幼さを残す肩が
今、わずかに震えた

想う人と
詩篇の文字とが
絡まり合ったのだろうか


   *


真夏の陽炎の向こうから
短い編成の列車はやって来る

そのいっぱいに開かれた窓から
色褪せたグリーンの座席に
ぽつんと座りながら
くす、と笑みをこらえて
手にした筒井康隆の表紙を
ぱたりと閉じ
肩を揺らすまいと
わざとらしく鏡を覗く、ピンクの口紅

会社勤めにはもう慣れたかい


   *


真夏の陽炎の向こうから
長い編成の列車がやって来る

ぴっしりと閉ざされ
長袖の気温に設定された空調は
これから向かう先が
いかにも居心地の悪い場所だと
暗示するように
全身を凍らせてゆく

耳に当てた小さな黒いスポンジ
そこから音は一粒も洩れず
虚ろな眼差しが
深いバラードを想像させる

そこにいるわたし、よ
これからも長い日々を
列車に揺られてゆくのだろ?
西洋医学の粋をあつめた薬と
酒や菓子とを栄養にして

人間らしく暮らしてゆくのは
難しいかい

自分の居場所が欲しいなら
うたを描きなさい
憂欝はすべて反故にして
あの夏、
髪を翻した風の
うたを描きなさい

そうして生きて転びなさい





自由詩 夏列車 Copyright 銀猫 2007-08-06 18:58:58
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