コーヒープリン
mizu K


翌日、ひーちゃんは見事に風邪をひいてきた

教室に入ってきたときからはなをまっかにしてずるずるさせて
ずるずるさせながら席まで歩いてきて
わたしの隣の机に座ってもずるずるさせて
(ずるずる)お゛ーは゛よ゛ーっていって
はい、ティッシュ
あ゛ーり゛がーどー(ちーん)
ひーちゃんははなをまっかにさせてもかわいらしければ
そのちーんとする姿もかわいらしいものだから
罪な女だと思う
わたしの手には読みかけの本
当然ひーちゃんは尋ねてくるわけで
その本、なんていうの?
『悪魔とプリン嬢』
へええええ


***


昨日はなんだか天気がおかしくて
陽がさしたと思ったらくもったり、ぱらついたり
コートからふとフェンスの向こうをみるとおおっきな雲のかたまりが
あ、あれー、お、すげー、竜の巣じゃーん
ひーちゃんがシータでわたしパズー
シーーーターーーー!
パーーーズーーーー!(ふたり抱きあう)
とラピュタごっこをしながら
また雨が降り出したしごろごろいっていたので女子はコートわきに避難

ふと男子の方のコートをみると
遊びの乱打がいつの間にかダブルス白熱戦になったらしく
ラリーの応酬と超美技と炎のサーブ
そして真剣勝負も佳境に入った折もおり
サーブがまわってきた、こうくんが振りかぶって第1球!
もとい、トスあげてラケットがボールをたたいたのと
空が割れて竜が火を吐きながら走ったような
すさまじい音がしてかみなりがこうくんに落ちたのと
ほぼ同時

ベースラインあたりに大の字になったこうくんの姿がなんだか遠くにみえて
それにむかって
ひーちゃんが駆けていく後ろ姿を
雨脚が強くなってコートを雨粒がたたき視界がけぶっていくなか
わたしはぼんやりと立って眺めていた

幸いこうくんは命に別状はなく
頭がアフロヘアーになっただけ
それはそれで彼にとっては大問題なのだけれど(アフロヘアー)
大事には至らなくってよかったね(アフロヘアー)と病室で
(アフロヘアーの)こうくんの両親とひーちゃんとわたしとで
(だってアフロだよー)笑いをかみころし
もとい、ほっと胸をなでおろしていた


***


かみなりにうたれて気絶した人には
伝説の勇者の魂がのりうつるので
こうくんはこれから世界を救う旅に出発しなければならないのだ
そうやってRPGのものがたりはよくはじまる
旅のはじまりは、ものがたりのはじまり
はじまり、はじまり
わたしは勇者に救われるお姫さまでなくってもよいから
せめてピンチに陥った彼を回復呪文で「ヒール」する魔法使い
くらいになっていつもそばにいたいけれど
いかんせんわたしの役まわりは
勇者殿が旅の途中で立ち寄るなんの変哲もない村の小娘が関の山だ
こうくんのお姫さまはひーちゃんだ
わたしは勇者の御前にでると体がこわばって固まってしまう
勇者の前で身動きできないなんて
魔法で動けなくされた悪魔だ


***


ねえ、土曜にまたお見舞いにいこっか、さしいれもって
うーん、そーねー、うなぎとか
それは「どよう」ちがい
うーん、ぞーね゛ー(ずるずる)
あー、また、はな、美人が台なし、はいティッシュ
あ゛り゛がどー(ちーん)
優雅にはなをちーんとするひーちゃんを眺めながらぼんやり考えた
さしいれかー、なんかつくるかー
プリンなんていいかなー
こうくんとひーちゃん(とわたし)
が食べるから
コーヒープリンでいいや




自由詩 コーヒープリン Copyright mizu K 2007-08-03 23:43:48
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