あいかた
佐々宝砂

ごく素直に言葉を吐こうと努めながら私は人形化してゆく 人形化してゆく身体はメタリックかつ非人間的 かというとそんなことはなく シリコーン樹脂製の肌は白く滑らかに人の肌よりも美しく私は自分の美しさに怯え溜息をつこうとするが 人形であるところの私は息も言葉も吐くことができない 暖かい息も冷たい息も そういえば私の肌は冷たい 今は夏だから私と添い寝するときっと快適だろうが 冬が来たらどうなのか あなたは私を暖めてくれるか たいていの場合女の肌は男の肌より冷たい 私の肌は女の肌よりも冷たい 私は人形なので目を見開いたまま唇は微妙に半開きのまま両足だけは大きく広げわずかに残された私の人間的な部分は賢明にいや懸命に考慮する どのようにすればあなたのファンタジーに同化するか 否 どのようにすればあなたのファンタジーをリアリスティックに再現できるか 熟慮すればするだけ私はあなたのファンタジーから遠ざかりごく素直に言葉を吐こうと努めながら私は私の人形化をあきらめる 人形化し損なった身体は汚れて動物的 かというとそんなことはなく 石鹸をシャワーで洗い落としたばかりの肌はアトピー性皮膚炎のせいでいささかざらついてはいるが比較的清潔 もちろん無菌ではないが細菌類は人間の身体を生かすためには絶対的に必要なものであり 私の大腸には大腸菌が棲み私の鼻腔にはブドウ球菌が棲み私の膣には乳酸菌が棲み だからこそ私は人間として生きるのであり と説明しようとする口腔内の連鎖球菌と説明を拒もうとする口腔内の連鎖球菌が混ぜ合わされ こうなったら意地でも人間であろうと努めながら私はあなたを人形化しようとする 人形化してゆく身体は意外なほど脆く私の下で砕け散り私は喪失したものの矮小さを今さらに慈しみ自らを砕こうとする もちろんいつものように失敗するだろう失敗するだろうと と 思いがけず私は砕け散りばらばらに砕けたあなたの上にばらばらと降り注ぐ 私たちは人形でも人間でもない断片となり破片となり各種桿菌類球菌類を棲まわせた肉片となりゆっくりと腐敗しながら朝を待つ


自由詩 あいかた Copyright 佐々宝砂 2007-08-03 04:50:41
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