記憶の断片小説・ショートシネマ 「ロイド」
虹村 凌

アルカロイド:窒素を含む一群の有機化合物で、主に植物体から単離される塩基性物質。
分子中に窒素が結合していて、そのためにアルカリ性を示すので、
「アルカリもどき」を意味するのでアルカロイドの名がある。
ニコチン、コカイン等に含まれる猛毒物質だが、
モルヒネ等の医療用薬剤に含まれている事もある。

***

僕は喫煙家だ。
普段はセブンスターを吸っている。
時々、新しい煙草や、気分によっては他の煙草に手を出すけれど、
(これを世間では「浮気」と言う)
大抵はセブンスターだ。しかもソフトパック限定。
火はジッポの火が一等好きだけど、少し前に無くしちゃった。
燐寸の火も、100円ライターの火も、好き。

アルカロイド。
意識して吸引している訳じゃないけれど、
僕が君に、「ロイド」って言う名前をつけたのは、アルカロイドからなんだ。
古い詩の中に、ヒントが隠れてる。
ライチ、君はもう知ってるでしょう。

さぁ、もう一本目に火をつけよう。
ねぇロイド。
もしこれを読んでいて、少しでも不快に思ったら、言ってくれ。
僕はすぐに、全部を消すから。

缶珈琲を灰皿にすると、僕はいつも非常識だと怒られた。

***

「一本目」

あいつとは、学園祭で出会ったのが最初らしいが、その時の記憶は無い。
僕らの学校は、男子校と女子校に分かれていて、
校舎も随分と離れているので、滅多な事じゃお互いの学校には行かない。
文化祭は、その数少ないチャンスの中のひとつである。
別段、女の子を引っ掛けに行った訳じゃない。
友達の彼女が、その女子校に居て、友達が遊びに行くというので、
何人かで付いて行っただけの事だ。

すまん、嘘だ。俺はその友達の彼女目当てで、遊びに行った。
もうひとつの「記憶の断片小説」には書かなかった事だ。
今、思い出した。
そう、僕らは彼女達の母校である学校の学園祭に、遊びに行ったのだ。
そこで、僕とロイドは初めて出会ったらしいが、記憶に無い。
きっと、僕は友達の彼女に気を取られていたんだろう。
その学園祭の時の記憶は、殆ど残っていない。

太鼓の演奏を見た事。
美術部の展示を見た事。
大きな紙に、銭形幸一の似顔絵を書いた事。
それくらいしか、覚えていない。

もう覚えていない。
あれは卒業する前だったのか、卒業した後だったのか。
いや、夏だった事を覚えている。初夏だったろうか。
とにかく、暑かった事を覚えている。
…という事は卒業してからだ。
友達の彼女、ライチに紹介されて、僕は会っても居ないロイドと、
数通のメールを交わしていた。
何がどうなったか忘れたけれど、僕はロイドの家に遊びに行く事になった。

その時の格好も、うっすらと覚えている。
黒いジーンズ、腰にはパッチワーク風の緩々のネルシャツを、
まるでスカートみたいにグルリと巻いて、途中からベルトが飛び出るように、
少し工夫して巻いていた。履いていた靴は…コンバースかな?
その頃はまだ、ラバーソールじゃなかったはずだ。
いや。9000円くらいで買った、偽モノのラバーソールだったかも。
もしくは、卒業式の前に買った、黒いバックスキンの靴だ。
上には…上には何を着ていたのか忘れた。

とにかく、僕はロイドの家を訪ねる事になった。
ロイドの家、と言っても実際は彼女の祖母の家で、
諸事情によって、少しの間だけ、借りているだけらしい。

彼女の家で、いくつかの映画を見よう、と言う話になっていた。
借りるビデオは、彼女に任せて、僕は彼女の家の最寄り駅に向かった。

地下鉄大江戸線の中で、僕は汗だくになっていた。
友達に貰ったヴェルサーチのブルージーンズは、既に香らなくなっていた。
妹には「虫除けスプレーの匂いだ」とか言われたが、気にしない。
僕は一駅一駅、注意深く駅の名前を見ていた。

「牛込神楽坂」

僕は、そこで電車を降りた。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説・ショートシネマ 「ロイド」 Copyright 虹村 凌 2007-08-01 23:49:22
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