数多のあなた
ワタナベ

数多のあなたから
発信されることばに
わたしは固くまぶたを閉じる
それらを愛さないために

西側の、部屋
窓に切り取られた風景のなかで
遠く稜線がたそがれてゆく
そう
書いたときにはすでに
稜線は稜線ではなく
大学ノートの余白が
網膜に焼きつく

反転

退屈な授業中
いかにも古文という顔の好々爺が
文法についてのんびりと語っている
大学ノートの余白に
「アリス」と書く
「アリス」はみるみるうちに
空色の服と金色の髪をした小さな「アリス」になって
大学ノートの上を走り回る
アリスは背丈ほどもある僕のシャープペンを
両手でよいしょと持ち上げると
よろめきながら大学ノート全体に
四角い枠を描く
とたんに枠内は夕暮れに染まり
遠く稜線がたそがれてゆく
アリスはこちらを振り向き
シャープペンを軸にくるりと踊ると
手品のように消えた
大学ノートの余白には
「アリス」「稜線」の文字
間延びした声と
教室の外の青い空

だんだんよわく

真夜中の汀に
星々のまたたきが降りそそぎ
あわい波がうち寄せては
かなたへとかえってゆく
水平線から
ゆっくりと仰ぐ
とうめいな天球体の外側に
敷かれたレールと
さまざまに散りばめられた
みずがめや、わしや、こと
そして、白鳥座の傍を
列車が音もなく走ってゆく
それらに包まれた


砂浜に沿って走る国道の
街灯の下で見つめる
わたし
国道に車はなく
遠く影のように横たわる山際に見えなくなるまで
街灯が等間隔に並んでいる
わたしは
オレンジ色の明かりをたよりに
僕を包む天球体と
僕を描いて
そっと
ノートを閉じる

塞がれたまぶたに
遮断されたことばたち
わたしがすべてを愛する
それはなにも愛さないということ

そして
わたしはすこしずつ
目をひらく
あなたの一遍のことばが
そのイメージをたち現せ
まぶしく瞳にうつる


自由詩 数多のあなた Copyright ワタナベ 2007-07-26 11:49:03
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